特別報告 出版史研究の手法を討議する:戦前の週刊誌の連載小説の変遷を探る(その2)

特別報告 出版史研究の手法を討議する:戦前の週刊誌の連載小説の変遷を探る(その2)

中村 健(大阪市立大学学術情報総合センター)

紙の出版では何が出来たかのか? そのためにどんな編集がなされていたのか?

 「白井喬二「新撰組」と『サンデー毎日』の関係性の検証と意義 : 戦前週刊誌の巻頭に関する一考察」(『出版研究』42、2011年)、先述の「大衆文学のトップランナー : 大阪系新聞社に見る大佛次郎」では、電子書籍ブームもあり、デジタルに対する紙媒体とは何かを意識した。
 判型、刊行頻度、組方といった編集事項から掲載媒体のメディア特性を把握するとともにその違いが連載やコンテンツに及ぼす影響を考えたかった。大衆文化における違う媒体を例に出すが、ポピュラー音楽が楽器の電子化、テープからCDへの移行、カラオケの導入になどによって大きく変化した事例(注3)を知り、「大衆文学」のようなメディアと関連の強い作品群も同様に捉えられないかと考えた。また、ゲームの表現は機器のスペックが大きく左右する。出版物をあえて「機器、ハード」として捉え、作品との関係を考えられないかという発想だ。これは筆者だけではなく、同世代に感覚的に共有できるものではないだろうか。

 出版学でも電子書籍は盛んな研究分野であるが、近年の電子と紙が並立する出版メディア状況を見れば、「紙の特性」を史的に検証し電子書籍と対比するという視点は、会員間で共有できるテーマの一つになるのではないかと考える(注4)。
 冊子体のメディア特性を知るには現物の所在を確認し、接触し体感することが不可欠である。ちょっとした確認から通読、耽読まで、現物に常にアクセスできる環境を見つけることが望ましい。また、研究対象の史資料やその競合誌が一か所に系統的に保存されているかどうかという所蔵状況も重要である。そのような環境を得られない場合は、研究対象を変更することも検討しないといけないだろう。私は極力、所属する大学図書館の雑誌でテーマを設定するようにしている。
 その際に注意したいのは、大学図書館などでは合冊製本してあり、発刊時の状態がわからない場合がある。製本されていないタブロイド判週刊誌を見ると、新聞の日曜版に起源を発し活字も同じものを使っているせいか、質感としては雑誌より新聞の別冊に近い印象を受けた。

「編集事項」を量的分析する

 「編集」の定義は「公表する目的のもとに著作物その他の資料を一定の方針のもとに整理、配列し、特定の媒体に適するようにととのえること」(『出版事典』)である。誌面を数的に把握し(判型、組方)、作品の誌面上の「整理、配列」との関係性を定義することは出版研究の基礎的な態度と考える。判型、刊行頻度、組方といった編集事項は、書誌事項、所蔵情報と並んで、出版史研究の基礎情報であり、なかでも刊行頻度は、作品形成と深く関係していると考えている。
 志賀直哉や谷崎潤一郎といった「純文学」作家は、新聞連載が不得手だ(注5)が、大佛次郎や吉川英治といった「大衆文学」作家は、新聞連載に代表作を発表し、地位を高めたこと。ストーリー漫画の世界ではより顕著に、月刊誌と週刊誌では表現方法が全く変わることが言及されている(注6)。メディア研究の概念を用いることにより、関係性に関する考察はもっと掘り下げられると考えている。
 ここからは、筆者がこの数年、研究対象としてきた戦前のタブロイド判『サンデー毎日』を事例に、編集事項がどのように連載に影響を及ぼしたかを見てみよう。
 大衆文学の特徴のひとつに、内容と挿絵の融合にある(注7)。戦前の『サンデー毎日』の判型はタブロイド判、連載一回あたり3Pで、毎回4-5の小見出し、原稿用紙にして20枚程度、挿絵は最大3画が掲載できる。最初に題字が来て、ページをめくると見開きになり挿絵を大きく展開できる。連載としては、この誌面の流れを踏まえた構成がよいことになる。判型の大きさをいかし、他の雑誌媒体に比べて、挿絵を大きく押し出すことが可能で、岩田専太郎、小田富弥といった挿絵画家が誌面の効果を述べている(注8)。(つづく)

 


注3 烏賀陽弘道『Jポップとは何か : 巨大化する音楽産業』(岩波新書)岩波書店、2005年、
注4 箕輪成男『出版学序説』(日本エディタースクール、1997年)は、出版学の発展のために「強烈な問題意識の下に再編成される」4つの可能性の1つに、「ニューメディアの台頭・活字離れ」をあげている。また、デジタル時代における出版学会の積極的な発言を促している(植村八潮「箕輪成男名誉会長を偲んで」
注5 西山康一・庄司達也「志賀直哉と『大阪毎日新聞』:「或る男、其姉の死」「暗夜行路」背景考」『岡大国文論稿』41、2012、風呂本薫「谷崎潤一郎「少将滋幹の母」論:新聞連載における小説形式」『同志社国文学』28、1986
注6 滝田誠一郎『ビッグコミック創刊物語』プレジデント社、2006年
注7 尾崎秀樹『大衆文学論』を始めとして多くの書で指摘されている。
注8 岩田専太郎「コマ絵から」『サンデー毎日』1956(昭和31)年4月1日創刊35年記念増大号、小田富弥「聞き書:丹下左膳の腕」『名作挿絵全集』2巻、平凡社、1980年