出版と批評の来歴 大澤聡・福嶋聡 (2015年5月12日)

■関西部会 発表要旨(2015年5月12日)

出版と批評の来歴――『批評メディア論』をめぐる合評会

大澤 聡(近畿大学)
福嶋 聡(ジュンク堂難波店)

 今年1月に初の単著『批評メディア論――戦前期日本の論壇と文壇』(岩波書店)を上梓し話題となっている大澤聡会員を迎えた。通常の部会形式と異なり,福嶋聡会員が書評しながら大澤氏が随時,応答する合評形式を採用した。
 福嶋氏は,「出版物が増加するほど暗くなる。弾圧によってダメになったのではなく,出版物が増える状況が危ない。時代への注意を喚起させる」と,同書が丹念な史料博捜によって1930年代のメディア環境を語りながらも,2015年という現在を照射する強い批評力を評価した。
 続いて同書の編集に話題が移った。白を基調としたスタイリッシュな装丁,独特の文体,注の付け方,価格まで含めてかなり個性的な編集がされている。そこには,大澤氏が感じる「知」に対する危機感があった。「いま,書店に並ぶ本の多くが,章単位に内容がまとめられたり,重要なセンテンスに下線が引かれるにように,読者に親切でハウツー的な編集が氾濫している。もはや「知」や「教養」の生産過程を見せないと一般に理解されない時代になった」と。学術書として執筆すれば2000ページは優に超える内容だが,大澤氏自ら同世代のデザイナーにブックデザインを依頼し,言葉を圧縮し強くイメージが喚起できる文体を採用し350ページに。批評書として世に送った経緯を語った。福嶋氏は「この本は構想通り完成したのか。書いていくうちに構想と違う形になったのか?」と1930年代という時代設定の意義を尋ねた。大澤氏は「出版・言論の立場から文芸復興のあたりと戦間期を見ていきたかった。あえて戦時期まで延ばさなかったのは,「戦争に抵抗する知識人」という固定的なモチーフに対する異議申し立てのようなもの」と答えた。
 批評にも話題は及んだ。「今や批評が機能しなくなり,代わって自己営業が機能している」と述べる大澤氏に,福嶋氏も「芥川賞・直木賞が本屋大賞におされている現状や,新聞書評に代わってアマゾンなどのカスタマーレビューが本の売り上げに影響している状態が対応している」と現代における批評の変化を語った。
 話題はこのように出版論,編集論,批評論へと拡散しながら,『批評メディア論』刊行をとりまく出版状況を浮かび上がらせた。
(文責:中村 健)