スティーブ・ジョブズから何を学ぶか?  高木利弘 (2012年2月3日)

関西部会 発表要旨 (2012年2月3日)

スティーブ・ジョブズから何を学ぶか?
~変革者ジョブズが出版メディアに託した最後のメッセージ~


高木利弘

 日本出版学会関西部会において,拙著『ジョブズ伝説』(三五館,2011年)をもとに「スティーブ・ジョブズから何を学ぶか?~変革者ジョブズが出版メディアに託した最後のメッセージ~」というテーマで,以下のような報告をさせていただいた。

 ジョブズは,大型コンピュータの全盛期にパーソナルコンピュータ革命を起こし,すべての人がコンピュータのパワーを手に入れられる時代をもたらした。そしてそれは,一部の専門家が情報と権力を独占し,コマンド(命令)で人々を動かすピラミッド型社会構造から,専門家も一般の人々も平等に参加し,対話を通じて合意形成をしてゆく水平分散ネットワーク型社会構造へという大きなパラダイムシフトを引き起こす原動力となった。
 ピラミッド型社会構造は,集団が意思統一をし,1つにまとまって行動するのに適している。国家,軍隊,企業,学校がピラミッド型であるのはこのためである。しかし,ピラミッド型の情報伝達は,一方的,命令的になりがちであり,融通がきかない,環境の変化への対応が遅い,人を機械的・非人間的に扱うといった問題点が指摘されてきた。
 一方,水平分散ネットワーク型社会構造は,インターネットを通じて,人々が相互に高速・大容量の情報伝達ができるようになって,はじめて実現する可能性が見えてきたものである。まだ,端緒についたばかりであり,実現に至るまで課題は山積している。
 マスメディアはピラミッド型社会構造のメディアであり,水平分散ネットワーク型社会構造の中核を担うのはネットメディアである。今日我々が,マスメディアの衰退とネットメディアの興隆を経験している背景には,ジョブズが引き起こしたこうした社会構造のパラダイムシフトがある。
 ジョブズは1984年にMacintoshを世に送り出し,このMacintoshがDTP(デスクトップ・パブリッシング)やマルチメディアを実現していった。DTPは電子編集の始まりであり,今日の電子出版のルーツである。かつてCD-ROMベースでさまざまな実験がなされたマルチメディアは,2012年1月にアップルが発表したiBooks Authorに繋がっている。今後,iBooks Authorによって作成されるインタラクティブで,表現力豊かな「電子教科書」が,教育を大きく変えていくであろう。
 このように出版の電子化を強力に押し進めたジョブズであるが,自伝は紙と電子の両方で出した。それは,自分の遺志をできるだけ広く伝えたいと考えたからであった。
 ジョブズは,自伝の中で自分を一切飾らず,評価を後世に委ねた。生まれてすぐ養子に出されたジョブズは,実の親に捨てられたことに深く傷つき,青年期にヒッピーとなり,インドを放浪した。そして,一切を無にして瞑想し,自分と深く向き合う禅と出会い,開眼した。ジョブズは日本の美学,日本の職人芸に感銘を受け,製品作りに生かした。アップル製品が素晴らしいのは,それらが「魂の入った製品」だからである。一方,今の日本製品に魅力がないのは,「魂の入った製品」作りを忘れてしまったからではないか。我々が今,ジョブズに学ぶべきことは多い。
 報告の後,大阪市立大学教授の北克一氏と立命館大学准教授の湯浅俊彦氏とともにパネルディスカッションを行った。そして,アップルの審査は言論の自由を侵害するものなのではないか,アップルが管理する世界とオープンな自由な世界とどちらが望ましいのか,アップルに問題があるのは事実だが,我々を取り巻く現実にはもっと深刻な問題が山積しており,アップルはそれらを解決するツールを与えてくれているのではないか等といったテーマについて議論を交わした。
(文責:高木利弘)