出版研究における流通からのアプローチ――『書棚と平台』をめぐって
柴野京子
日本の出版産業の最も大きな特徴は,流通に依存した構造にある。それは寡占的な取次構造であり,書籍雑誌の同一流通であり,その総体としての書店である。しかしながら,出版社-取次-書店という三角形の中で永年にわたって成立してきた業界の構造が,インターネットや他業種の参入によって,急速に相対化されつつあるのは言うまでもない。そうした文脈のなかで,流通問題はひとつの旧弊な「体制」として切り捨てられつつある。
しかし出版がどのような形であるにせよ,そこには必ず「流通」が存在する。三角形の中から考える出版流通ではなく,社会全体を包括する意味での「出版流通」,デジタルコンテンツの流通をも含意できる流通の新しいフレームは,どのように考えうるだろうか。
こうした問題意識を背景に,出版流通とはそもそも何であり,人と出版物との間を媒介するものとして,どのような作用を持ちうるものなのか,という命題にメディア論の立場からアプローチしたのが,報告者の近著『書棚と平台-出版流通というメディア』(弘文堂)である。ここでいうメディア論とは,事物を物質的にとらえて,その機能をある種普遍化なものとしてあぶりだそうとする試みであり,書物にかかわる技術においてはすでに多くのすぐれた研究がなされている。これを,流通という一見実態のない「モノ」について適用したのが本研究である。
分析対象は日本の近代出版流通としたが,その前提となる歴史は,近代に成立したとされるメインストリームの産業構造のなかに,近世的な出版のビジネススタイルである「赤本・特価本」を呼びもどすことによって,一旦見直しをはかった。その上で,人が本を手に入れる場所(いわゆる書店に限定されない)を「購書空間」と名づけ,その編成や機能を分析した。ここでは,近代購書空間にもたらされた書棚が人々の関心を構造化し,さらにはパッケージツールとして利用されてゆくこと,赤本的な購書空間である平台が持ち込まれたことによって,日本の購書空間がユニークな空間として発展することを論じた。さらには運用ドライブとして,市や取次の機能を考え,最後に総まとめとして日本の出版流通が作りあげた「書店」という装置をとらえつつ,アマゾンやブックオフなど,今日直面しているテーマが,このような地平のどこに見出されるのか展望した。
発表後のディスカッションでは,取次の金融機能,古書問題等,比較的アクチュアルに生じている諸問題との接続,報告者が提示する議論の有効性について意見交換がなされた。
反省としては,限られた時間とはいえ紹介する論旨に偏りがあったこと,そのためにややわかりにくい説明になったのではないかという点がある。しかしながら,東京在住の報告者にとっては関西部会の会員諸氏の知見をうかがい,交流をはかる貴重な機会となった。湯浅俊彦氏をはじめ,お招きくださった関西部会の皆さんに,この場をお借りして改めて御礼申しあげたい。
(柴野京子)