関西部会 発表要旨 (2009年4月21日)
書物の解剖学――本を解体する
中西秀彦
出版学会では「本」の流通・内容ということについての研究が多いが,その元になる物理的実態としての「本」そのものについての報告は少なく,またあまり知られていない。出版学会関西部会は大阪市大大学院ワークショップと日本図書館研究会マルチメディア研究グループの共催セミナーで,表記の講演を行った。予想よりはるかに多い50数名という多数の参加を得,レジメが足りなくなるほどの盛況だった。
本講演の特徴は,実際に聴講者に「本」を解体させるというところにあった。各自,古本とカッターナイフを持参していただき,本を分解することで,本の構造と製本の原理を体得していただけたことと思う。
まず,受講者に本の構造と「表紙」や「見返し」「ジャケット」といった名称を解説し,そのあと述式に沿って本を解剖していただいた。この述式というところが味噌で,構造を知らないまま表紙を引きちぎっても,なにもわからない。解体という製本とは逆の過程を忠実にたどっていただくことで,製本の原理を基礎から理解していただけたことと思う。見返しの役割や,あまり知られていない寒冷紗の機能・糸を使うかがり綴じの技法などが実際の体験からおわかりいただけたことと思う。
しかし,実際には,古い本や新しい本,さまざまな製本技法が混じった上に,やはりどうしても器用な方,不器用な方がおられたため,かならずしも,製本の過程を逆にたどれたとはいい難い面もあった。新しい本は合成糊で強力に固められているため分解しようとしても力任せに引きちぎらざるをえず,製本の構造をみるというところまで行かなかったり,逆に古すぎる本は自然に自壊したりして,会場はさまざまな声が飛び交いにぎやかなこととなってしまった。それでも,そういう多様性を逐次,実例として紹介することで,かえって製本に対する理解を深めていただけたのではないかと自負している。
解剖がすんだあとは,各々のページの活字の書体や大きさについてプラスチックフィルムの倍数尺を元に,実際に調査していただいた。いわゆる写植級数表ではメートル法基準の「級」しか扱えないが,活字やフォントはヤードポンド体系の「ポイント」,尺貫法体系の「号」が混じって使われており,どれをも扱えるようさまざまな目盛りを付加してOHPシートにコピーして急造したものである。この単位系の混乱も参加者には驚きだったようだ。
案の定,持参していただいた本は,古い物は当然「号」であり,新しいものは「ポイント」または「級」が多いことがわかったり,どの単位系でも該当するものがない活字が発見されるなど,講師としてもおもしろい体験だった。
その後,印刷史についての講演をおこなったが,この前の解剖実習に予想より時間がかかってしまい,わずか30分でインダス文明の印章から最新のオンデマンド印刷まで,5000年を駆け抜けることになったのは少し残念だった。また,告知は充分したのだけれど,古本を持参されない方が何人かおられて,何もしていただくことができず,気の毒だった。ある程度はこちらで用意した方がよかったかもしれない。
(中西秀彦)