検閲本のゆくえ  浅岡邦雄 (2008年3月14日)

 歴史部会   発表要旨 (2008年3月14日)

検閲本のゆくえ――千代田図書館蔵『内務省委託本』をめぐって

浅岡邦雄

 明治初年から昭和20年敗戦時まで,出版物は納本が義務づけられており,その目的が検閲であることは周知のことである。明治26年4月の「出版法」公布以降,書籍は発行の3日前に製本2部を内務省に納本することが規定された。納本された2部のうち,1部は正本として内務省図書課において検閲がおこなわれ,他の1部は当時の帝国図書館(現在の国立国会図書館)へ交付された(内務省交付本)。図書課での検閲を通過した出版物は,内務省の倉庫に収蔵されていたが,大正12年の関東大震災で内務省が全焼したため,それまで保存されていた検閲済みの出版物(書籍だけで100万冊を越えた)はすべて灰燼に帰してしまった。
 近年,千代田区立千代田図書館の蔵書中に,検閲原本である書籍約2200冊が調査・確認された。数年前,筆者が同館へ働きかけたことが契機となったためだが,一公立図書館に検閲の原本が存在していたことにより,メディアにおいて報道されることとなる。
 昭和初期に内務省は,問題なく検閲を通過した書籍を,1年保存と永久保存の2種に分け,前者はその期間が経過すると売却処分していた。その後昭和12年に,その経緯は不明であるが,東京市の主要市立図書館であった駿河台図書館,京橋図書館,深川図書館の3館に「内務省委託本」として寄託した。千代田図書館所蔵の「内務省委託本」中には,検閲官の捺印,検閲上のコメントが記されたものがあり,当時の検閲事務を知る上での貴重な資料といえる。検閲の原本であるから,本文中に赤や青の傍線が引かれているものや,興味ある検閲官のコメントもみられる(コメントのあるものは1割に満たないが)。また,ごく少数ではあるが,軽微な処分(次版改訂(削除))のものがまじっていることも興味深い。今後,これら検閲原本とあわせて,京橋,深川両館の調査が課題となる。
(浅岡邦雄)