舞台翻訳の現在
松田和彦氏 (東宝国際室長)
吉岩正晴氏 (演出家)
翻訳出版研究部会にとって本年度最後の開催となった今回の研究会では、「舞台翻訳」をテーマに設定し、長年この世界の第一線で活躍してこられたお二人をお招きして、その現状や課題を検証した。
まず松田和彦氏からは、主にビジネス的な視点から演劇における翻訳の役割の変容についてご報告いただいた。かつては大学教員など限られた層によって担われていた舞台翻訳の世界も、近年は一般の人々の相対的な語学力向上という社会背景もあって、翻訳家、演出家、コーディネーターなど演劇プロパーの関係者が携わることが多くなってきた。そういった事情にも後押しされて、以前に比べればギャランティなどの労働条件も改善されてきているように思われる。さらに近年は、海外の作品をただ翻訳するだけでなく、日本の観客向けに「翻案」がなされたり(「上演台本」と呼ばれる)、その脚色された台本が再び海外に売り込まれたりという興味深い動きもあることが報告された。これは、演劇の場において「翻訳」が意味する範囲が拡がり、その重要性が高まってきていることを示唆するものといえるのではないか。
続いて登壇された吉岩正晴氏からは、商業演劇の製作から新劇の演出へと歩んでこられたご自身の長い経歴とあわせて、日本における海外演劇の現状についてご報告をいただいた。吉岩氏によれば、近年日本の演劇界でも既存の著名海外作品をただ演じるというだけでなく、自ら作品を発掘、翻訳し、演出するタイプの演劇人が増えているのだという。つまり、昔よりも演劇関係者自身が積極的に作品を取りに行くケースが増えているということであるが、そのような状況に対応すべく、ご自身が所属する国際演劇協会の活動の一環として、現在「翻訳戯曲データベース」の構築を計画しているとのことである。作品の原題、邦題、テーマやあらすじ、登場人物、上演時間ほか、日本語に翻訳された海外の戯曲作品をデータベース化することは、関係者の間のみならず、広く演劇や翻訳に興味をもつ人々のニーズや潜在的な需要を掘り起こす可能性があるといえるだろう。
両氏による報告からは、広い意味での「文化翻訳」の問題、そして文化のアーカイブ化とデータベース構築の問題という、きわめてアクチュアルかつ現在的な問題系が提出され、さらなる議論のソースが見出されたように思われる。報告の後は、8名(会員5名、非会員3名)の聴講者とともに舞台、翻訳、出版の未来などに話題は広がり、活発な質疑応答が行われた。
日時: 2019年1月26日(土) 午後2時00分~3時30分
会場: 株式会社アイディ会議室
(文責:柴田耕太郎/山崎隆広)