■ 日本出版学会 学術出版研究部会(一般社団法人大学出版部協会 共催)
開催報告(2021年5月17日開催)
連続オンライン講演会:「学術出版を語る」5
「学術出版と大学出版の課題と展望
──電子学術書実証実験から10年を経過して」
黒田拓也(東京大学出版会専務理事)
はじめに
学術出版のキーパーソンたちが展望を語る連続オンライン講演会「学術出版を語る」も第5回、最終回を迎えた。今回は、黒田拓也氏が東京大学出版会の事例をもとに報告した。
黒田氏は、1992年に東京大学出版会に入会後、編集部に配属され、その後営業局に異動、常務理事を経て、2013年に専務理事に就いた。
流通プラットフォームの重要性についての再認識
橘宗吾氏(名古屋大学出版会)の、日本では「研究書が相対的に安価で、比較的入手しやすく、広い層の人々の目に触れる機会をもってきた」(「学術書を出版する意味──情報化のなかの知識・流通・読者」『大学出版』118号)という指摘を引用しながら、出版流通のしくみが日本の学術出版を支えている大切な要素のひとつとした。そのうえで、しかしこのしくみは出版業界が縮小していくなかで大きなダメージを受けたと述べ、出版社側の「構え」を見直すことも必要だと説いた。
そのようななかで、2つの取り組みをおこなったと紹介した。
(1)電子学術書実証実験
慶應義塾大学メディアセンターと学術・専門出版社有志で、2010年から2013年度にかけて実施された。電子書籍を市場規模の拡大に活用するために、出版社がもつコンテンツを生かそうとするもので、実際に想定される読者層の意見を吸い上げ、知見を得ようとするものだった。
その結果、慶應義塾大学出版会、勁草書房、東京大学出版会、みすず書房、有斐閣、吉川弘文堂の6社と、丸善、京セラ丸善システムインテグレーション(ともに当時)が、学術・研究機関を対象とした「新刊ハイブリッドモデル」のサービスを開始することになり、現在も電子図書館プラットフォーム「BookLooper」、電子書籍閲覧サービス「Maruzen eBook Library」を通じておこなわれている。
(2)大日本印刷と丸善雄松堂との連携
東京大学内の取り組みで電子出版につながりそうなものを紹介し、定期的に意見交換をおこなうことで、ビジネスパートナーとしてコミュニケーションを継続している。
出版DX において何を考えるか
金原俊氏(医学書院)の「出版は流通業である」ということばを引用し、出版社内部の業務の効率化、自社商品のプロモーションとともに、読者を巻き込み、読者が参加できる場の形成として、新たなメディアを駆使したビジネスへの取り組みが可能性として考えられると述べた。
「定常状態」の追求
宇沢弘文氏が強調する「定常状態」(ジョン・スチュアート・ミル『経済学原理』)、すなわちマクロ的には一定に見えつつも、ミクロで見るとダイナミックで活き活きとした活動がなされている状態を、学術出版においても目指すべきではないか。新たな意欲的なチャレンジをし、質の高い作品を生み出し、それを読者と共有することによって厚い知的基盤を維持し、次世代の知的活性化につなげる。このために、長く一定の規模の良循環を実現し、出版社の新たな取り組みを誘発するかたちをつくる必要がある。質の追求が良循環となるしくみを学術出版全体、そしてそれを担う個々の出版社において実現できたら、と結んだ。
(文責:森貴志)
日時:2022年5月17日(火) 18:30~20:30
場所:Zoomによるオンライン開催
参加者:81名(出版学会会員30名、大学出版部協会会員21名、いずれにも所属しない非会員30名)
講師の発表のあと、森貴志(梅花女子大学)のコメントがあり、最後に会場参加者を交えて討論を行った。
なお、本部会は、学術出版のキーパーソンたちに展望を語っていただく連続オンライン講演会「学術出版を語る」の第5回として開催された。
主催:日本出版学会学術出版研究部会、一般社団法人大学出版部協会
協賛:法経会、人文会、歴史書懇話会、国語・国文学出版会、出版梓会