■ 日本出版学会 学術出版研究部会(大学出版部協会 共催)
開催報告(2022年4月11日開催)
連続オンライン講演会:「学術出版を語る」4
「出版の未来、出版社の未来――多様な読者の求めるもの」
矢部敬一(創元社代表取締役社長)
1.はじめに
今回の講演タイトルを「出版の未来、出版社の未来 多様な読者の求めるもの」として、「出版」と「出版社」という言葉をあえて分けて考えた背景には、「出版社=出版事業を行う企業」という今まで当たり前に思われていたことが、「出版」という言葉の示す範囲がどんどん拡大し変化していく中で、「出版社」の事業体もそれぞれに個性化し、この2つの言葉がうまくかみ合わなくなってきているのではと考え始めたからです。今や、出版の定義も紙の出版物、電子書籍やWeb上の刊行物にとどまらず、その形態は実に多様化しています。また、流通面においても、多様な変化が起りつつある中で、出版社に対する読者、顧客の要望も多岐にわたっています。その変化に対応していくためには、我々側もますます覚悟を決めて、柔軟に変化していかなければならないと考えています。
2.変化の中身
その変化の中身とはどのようなものであったのでしょうか。20世紀の終わり、出版業界が全盛を極めたまさにその時、ITの本格化が始まります。1995年にWindows95が発表され、1997年にはiMacが登場、2000年にアマゾンジャパンが設立され、googleの日本法人が2001年に活動を開始します。この頃からまた世の中の状況が大きく変わり始めます。デジタルネットワークが本格的に社会で認知され始め、日々の生活を支えるインフラとなっていきます。明治維新で活版印刷が本格的に導入され、その後20~30年がたち、変化に対応できなかった出版社と対応できた出版社とが入れ替わったのが、前回の大きな変化の節目であったとすると、ITの本格化が始まってから20~30年たった現在、出版業界において、本質的な部分が変わり始めていると言えるかもしれません。
デジタルネットワークの時代で我々の業界で一番変わったことは何でしょうか。それは、情報媒体の多様化と、ECコマースの発展による流通大変革により、旧来型の大量販売の時代が徐々に収束に向かい、膨大な量の書籍、雑誌を全国隅々まで届けていた流通組織のあり方ではないかと考えます。また、出版社と読者の観点で見ると、このデジタルネットワークの進化による一番の変化は、出版社と読者の距離ではないでしょうか。かつては、取次や書店の向こう側に読者がいるというイメージでしたが、今は読者がダイレクトにまさに目の前にいます。このような読者一人一人に向けて、出版社としてどのような情報を発信することができるだろうか。また、双方向のコミュニケーションが容易となった今、読者からはどのような情報を得られるであろうか。まさに、出版社と読者との距離という観点は、今後の出版ビジネスを考える上で、とても大切なことではないかと考えます。
3.出版社としての変化の方向
これからの出版業界を考えると、出版社の規模や事業の内容によって、進んでいく方向はさまざまで、同じ業界内の団体で議論することが難しくなってくるのではないかと思います。また、個々の出版社が、何を自分たちの事業としてやっていくのか、ますます選択の幅が広がり、いろいろな組み合わせができるという反面、それに対応するための組織変革や事業の見直しを図る必要も出てくるでしょう。流通においては、その要であった取次・書店ルートの売り上げはどんどん低下してきています。媒体の多様化やデジタルの影響がとても大きい中で、読者との直接的なつながりを意識しつつ、新たなルートの構築も考えていかなければなりません。
4.現在と未来の方向性
当社としては、木版印刷から活版印刷へ主流が変わった節目の明治20年代に事業をスタートし、今また大きな節目にさしかかっているということになります。大量印刷、大量販売の出版業界になる前の江戸時代には、書肆、書林は出版、卸、新刊書店、古書店、貸本屋、本の輸入(唐本)、目録販売、委託販売、本の選書、相版などいろいろなことを事業として行っていました。そこから分業化してそれぞれの部分が大きくなったが今の出版業界です。この140年余りで、分業化して拡大していったそれぞれの要素が、今ふたたび縮小し始めています。その拡大する前のスタート時点でのそれぞれの要素をもう一度見直し、それにデジタルとの融合、他社との共同事業、地元の企業との協業などを再構築して新しい業態ができないかを模索しています。デジタルファーストの新しい出版社や書店の取り組みなどを参考にして「創元社」という会社そのものを、よく言われるようにブランディングをしていかなければならないと考えています。
一番重点的に行おうとしていることはダイレクトマーケティングです。デジタルの本質である双方向性、コミュニケーションを重視し、直接読者と関わるためにSNSやHPの充実化、そして何より読者、顧客の要望をどのように吸い上げるかに注力しています。また、読者の要望をかなえるためのさまざまなオプションを考えています。たとえば、いろいろな関わりをする中で、メールアドレスを収集して、デジタル上で継続的に情報をお伝えできるような環境も作っています。直接コンタクトすることで、更に何らかのサービスを提供することが出来るのではないかと考えています。
最後に
「出版」という言葉の示す範囲はますます拡がっていき、いつか他の言葉へと変化していくものかもしれません。それがたとえばコンテンツビジネスというような名前になるのか、それはわかりませんが、それぞれの出版社はその中で何を選択して、何を自社の事業として、新たな出版社象を描いていくのかを考えていかなければなりません。それこそが明治20年の大変化で、先人達が乗り越えてきた未来への挑戦というものではないでしょうか。一人一人の読者に満足してもらうためには、我々が何をどのようにすべきか、常に考え続ける必要があると思います。
(文責:矢部敬一)
日 時: 2022年4月11日(月) 18:30~20:30
開催方法:Zoomによるオンライン開催
参加者:92名(出版学会会員33名、大学出版部協会会員14名、いずれにも所属しない非会員45名)
主催:日本出版学会学術出版研究部会、一般社団法人大学出版部協会
協賛:法経会、人文会、歴史書懇話会、国語・国文学出版会、出版梓会