学術情報のオンライン化と出版の未来―アメリカ大学出版部の動向をめぐって―
山本俊明
インターネットの登場は,研究者→大学出版部→図書館という学術コミュニケーション・システムを大きく変えつつある。大学出版部は,学術情報のゲートキーパーとして情報を選択し,編集過程で「価値付与」し情報の質を高める役割を担ってきた。大学出版部で出版する書籍は,学術情報として学術的価値があり学術的意義あるものと評価されてきた。
しかしインターネットが生み出した著者→読者モデルは,大学出版部の役割を失わせる可能性ももたらした。インターネットによる学術コミュニケーションでは大学出版部はどのような役割を担うことができるのか。
アメリカの大学出版部では,1990年代はじめから「学術情報のオンライン化」に関するシンポジウム,会議を頻繁に開催している。その中でも,注目したいのが,1992年12月5-8日にARLが開催し,AAUPが共催した「電子ネットワークにおける学術出版」(Scholarly Publishing on Electronic Networks)という主題のシンポジウムである。
このシンポジウム中で,ラトガース大学出版部長のケネス・アーノルドは,印刷メディアによる「学術専門書は死んだ」という衝撃的な主題の報告をしている。
アーノルドが指摘している「学術専門書の死」で重要なことは,学術専門書の販売部数が急激に低下したことではない。むしろ「学術専門書の現在の形態は,研究者の必要性ではなく,出版社の必要性に応じて発展してきた」ということである。つまり学術コミュニケーションにおいて「学術専門書」は適切なメディアではなくなっていることなのである。
例えば,研究者が必要としているのは,本全体ではなく,ひとつの章,一節,あるいは,文献一覧だけであるかもしれない。
しかし現在の「学術専門書」は一冊全体を購入しなければならない。それに対して,インターネットでは,研究者が必要とする情報だけを手にすることができるのである。
ここで求められているのは,「学術専門書が出版できなくなっている状況の中でいかに出版できるようにするか」という問題に対する解決方法ではなく,そもそも,研究者,大学出版部,図書館が「学術コミュニケーションに必要な形態はどのようなものか,学術コミュニケーションのコンテンツはなにか」を再定義することである。アーノルドはさらにラディカルに「われわれは学術専門書の形態を復活させる必要はない。
そうではなく,学術専門書に基盤を置いてきた学術コミュニケーション・システムを新たに構築することなのである」という。
「学術情報のオンライン化と出版の未来」を考えることは,出版システムの危機,印刷メディアの危機を含んだ学術コミュニケーション全体の問題を考察することなのである。
(山本俊明)