「児童・YA向け作品の電子書籍化の状況」植村八潮・野口武悟 (2015年12月 秋季研究発表会)

児童・YA向け作品の電子書籍化の状況――緊デジリストの分析を通して

植村八潮・野口武悟
(専修大学文学部)

 電子書籍の発行点数が増え,市場が活性化することで,最近では公共図書館での電子書籍貸出サービスへの関心と要望が高まっている。さらに発表者らの調査によると学校および学校図書館においても電子書籍への関心が高まりつつある。しかし,学校図書館において電子書籍は,導入されておらず,その検討も緒に就いたばかりである。一方,学校図書館向けに発行される書籍や,児童・ヤングアダルト(YA)向け書籍については,電子書籍化が進んでいると思われるものの,具体的なリストは整ってはおらず,詳らかにはなっていない。
 そこで本研究では,学校図書館向けの電子書籍が,どの程度制作されているのか具体的に状況を明らかにし,学校図書館が電子書籍を導入する際の課題や問題点を明らかにすることを目的とした。
 分析対象は,経済産業省の2012年度補助金事業である「コンテンツ緊急電子化事業(緊デジ)」によって制作された電子書籍のリストである。同報告によると参加出版社数は460社,電子書籍制作タイトル数は64,833点,制作ファイル数は81,623点である。この点数は,緊デジ以前に制作された文字系電子書籍とほぼ同規模である。このこともあって,同リストは網羅性が高く,精度が主催団体によって担保されており,調査対象にふさわしいと考えた。
 一方,学校図書館では,今日電子書籍の導入が進みつつある大学図書館や公共図書館とは各種の条件を異にしており,学校図書館のコレクションにふさわしい電子書籍が求められている。そこで「学校図書館向けに発行される書籍や,児童・ヤングアダルト(YA)向け書籍」の抽出については,(公社)全国学校図書館協議会(以下,全国SLA)関係者の協力を得た。全国SLAでは,「各学校図書館が本来の目的を達成するための蔵書構成を行ううえで必要かつ適切な資料を提供するべく」図書選定基準を定めている。本研究では,この基準を参考に,緊デジ書籍リストの全点をチェックし,学校図書館向け電子書籍の抽出作業を行った。
 ライトノベルの取り扱いについては,高等学校でも各学校の判断によるところが大きいことから,二段階の絞り込みを行った。第一段階として高等学校図書館で購入しないと思われるライトノベルを削除し,第二段階として積極的に購入すると思われるライトノベルだけを抽出した。
 緊デジリスト中の児童・YA向け電子書籍は,第一段階では,3,422点(5.3%),第二段階では2,531点(3.9%)となった。出版科学研究所『2015年度版出版指標年報』によると,発行される書籍のうち,児童書の比率は例年5.2%程度で,本調査の結果と,ほぼ同じ比率となった。緊デジ作品が既刊書籍の電子化であることから,当該調査の結果と,同規模の比率となったと思われる。
 また,抽出作品を日本十進分類でみると,およそ7割が9類(文学)中心の書籍であった。このことから従来から行われてきたような,児童生徒の個人読書に資する文学系作品が,多く電子書籍化されていることが分かった。
 前述した全国SLAの図書選定基準には,電子書籍の取り扱いについて言及されていない。また,全国SLAには「コンピュータ・ソフトウェア選定基準」があるが,これについても電子書籍については取り上げていない。電子書籍は,従来の書籍とソフトウェアの中間にあるメディアであり,今後,電子書籍選定基準そのものの検討が必要であろう。
 また,緊デジによって作り出された電子書籍は,既刊書籍の電子化である。必ずしも発行部数の多い書籍から電子化されたわけではなく,現状において読者ニーズのない電子書籍が制作された例もある。電子書籍化と読者ニーズの乖離した状況は,そのまま電子書籍と学校図書館ニーズのずれにもつながった可能性もある。
 現在,探究学習やアクティブラーニングへの活用に資するために9類以外のジャンルの書籍が求められている。現状では,その多様なニーズに応えるタイトル構成となっていないと言えよう。今後,マルチメディアなど,電子書籍ならではの機能を盛り込んだ電子書籍も求められるだろう。さらに電子書籍化することで,視覚障害者やディスレクシアなど印刷書籍の読書が困難な人に対して,音声読み上げによる読書を可能にすることができる。特別支援学校・学級においても電子書籍による効果的な学習が期待される。
 出版社には,広範囲な分野にわたる電子書籍の積極的な発行に加え,マルチメディア電子書籍など多様性のある電子書籍の発行も期待したい。
 本研究は,平成27年度専修大学学内研究助成を受けて行った研究成果の一部である。