《ワークショップ》出版史研究の手法を討議する 中村 健 (2015年5月 春季研究発表会)

《ワークショップ》
出版史研究の手法を討議する

  司会者:中村 健(大阪市立大学)
  問題提起者:
  田島悠来(同志社大学創造経済研究センター)
  中川裕美(愛知教育大学非常勤講師)
  牧 義之(長野県短期大学助教)

中村 健 (大阪市立大学)

 関西部会では2014年3月から出版史研究の手法を討議するシリーズを開催し,会員間で手法の共有と課題に関する議論を4回行ってきた。本ワークショップでは,これまでの内容を振り返るとともに,東京の会員を交え議論を拡大することを目指した。参加者は,23名であった。
 まず中村健会員より出版史研究の概観が示された。
 日本出版学会賞受賞作,『出版研究』の掲載論文(論文,研究ノート,レポートなど査読対象分)のうち2000年以降の出版史研究をテーマにした論文について,それぞれ対象にした時代・手法の調査結果が述べられた。『出版研究』については歴史研究に関する論文が8割にのぼり,テーマは編集,出版流通が多く,手法としては史料批判や文献批判による歴史学的アプローチ,定量分析が多い。研究ノートのレベルになるともう少し手法が多様化。『マス・コミュニケーション研究』に掲載された出版史研究の論文と比較すると,出版学の研究論文は,メディア論的な解釈や定性研究が少なく,実務や出版業界に重点を置いているのが特徴といえる。議論のたたき台として近代以降の出版史の時代区分案を提示した。
 続いて田島悠来会員より定性分析を使った出版史研究の課題が3点,提示された。1点目は,言説分析をする場合,当時に書かれたものと当時を振り返って語った現在の言葉を同列に扱ってよいかという点である。これはインタビュー手法のいわゆる「ウラを採る」ことと,もう一点は話者の環境と研究者の立ち位置についての問題になる。2点目は,読者分析として雑誌の投書欄の分析が多いが,ここに現れる「想定する読者」と実際の読者の違いをどのように見つけ,分析するかという課題が投げられた。3点目は,中村会員の指摘にもあったように,出版学会の研究成果は定量的研究が割合多い。そうした中で,言説分析に関する取り組みも重要ではないかという点である。大方,賛意の雰囲気で,清田会員より「雑誌黄金期のことについて関係者にインタビューできるタイムリミットは今」という助言があった。
 中川裕美会員は「雑誌研究」の課題を述べた。特に戦後のマスメディア時代に入り,雑誌の枠組みが変わったことを指摘。雑誌より作品に比重が移り読者も雑誌の読者から作品の読者に変質し,少年マンガを読む少女,少女雑誌を読む少年の存在はジェンダーレス化を進行させた。読者の枠組みが変化した中「雑誌研究」はどのようにあるべきか,また最近増えているメディアミックスと雑誌研究のあり方という課題が提示された。さらに,雑誌の発行部数が減少する中で,研究者が雑誌メディアをどのように捉えていくべきかという議論に発展。「雑誌研究の視点として,著者の育成システムとして捉えるという研究方法もありうるのではないか」(堀会員),「雑誌研究は,雑誌存立の構造自体を探ることに価値がある」(柴野会員),などの意見が出された。
 牧義之会員は,文学研究と出版研究の接続点という研究領域の問題を提示した。手法としては,検閲制度が文学作品の生成に与えた影響,関係を,①言説研究:読解の更新と ②メディア分析の2視点を統合し(若干,後者に比重を置きながら)行っている。しかし,内容分析は文学研究の領域であり,メディア研究との切り分けが難しい。これまでの回でも「作品」の中身については文学研究,雑誌,図書というメディアについては「メディア研究」「出版学」という枠組みになるという指摘がなされている。また,文学研究は,整理された個人全集や書誌情報など,ベース成果の上で行われるもので,物語分析=ミクロ視点が主である。一方,出版研究は,社史などを扱う(もしくは歴史として組み立てる)点で,根本的にマクロ視点のベース研究であり,他(多)領域に参照されるべき成果が期待されるものという,領域の違いを示した。
 牧会員の研究成果の公開に関する部分について,「CiNiiで『出版研究』や会員の論文が検索され読まれるような環境になることが,多様化する出版研究の中では重要ではないか?」(川井会員)という声が出た。
 意見交換については堅い印象であった。関西部会開催時は,報告者の個々の研究手法をベースに具体的な議論を行ってきたが,今回はその中の方法論の部分だけ抜き出して提示したため,抽象的な議論になってしまい,フロア全体に議論が広がりにくかった点が反省点としてあげられよう。しかし,実際に開催してみないと反応もわからず,その意味では開催ができて良かったと思う。
 今もう一度,原点に立ち返り出版研究とはなにか? その手法とは何か? を議論しなければいけない時期に来ているという認識はフロア全体で共有された。次回以降,テーマ設定や進行方法を検討しながら,再度,出版学を議論するワークショップを開催していきたい。