山田健太
(専修大学文学部教授)
政治レベルでは,とげとげしい関係の真っ只中に開催された3か国フォーラムであったが,いつもながらホスト国のホスピタリティはただただ頭が下がるばかりであった。プレスセンタービルと宿泊ホテルを会場として行われた会議運営はもとより,韓国宮廷料理をメインとした食事の数々も,ゲストの身も心も満喫させてくれるにあまりあるもので,あっという間の3日間であった。
研究発表は,〈出版〉を基軸に,文化,国家,産業の発展や,国際交流,読者振興が語られたわけであるが,あえていえば2つの点にとりわけ中韓の参加者の強い関心がみられた。それは,産業的文化的発展をなしえるために,いかなるかたちで「国家」との関係を構築するかということであり,それは具体的には助成策(メディア政策)のあり方であった。それは同時に,新しい読者をどう獲得するかという,各国共通の課題にも直接的に関係することになる。国家助成は,もとよりメディア政策に国家が深く関与してきた(あるいはしている)中韓両国の特徴を表すものともいえるが,それ以上に,主にアナログ出版物になされてきた文化政策と,一方で主としてデジタル出版物に対してなされつつある産業振興策を,どう切り結び連携をもって,より積極的に国家に求めていくかという視点であるといえるだろう。
その意味で日本は,これまで,あえて所轄官庁を持たないことを良しとし,むしろ謙抑的であった国家との結びつきの中で,最近ではデジタル化事業などで,積極的に国家予算を活用する動きがある。あるいは電子出版権やアーカイブスについてはより積極的に政策提言をするにまでなったともいえよう。そうしたなかで,各国の出版メディア政策の現状と課題を比較検討することは,理論上もそして実務の上でも大変有益であろう。実際,各国から期せずして共同研究や調査の必要性が提起され,その方向性が合意されたことも今大会の特徴の1つであるといえると思う。
また,同大会をより発展させるための方策も話し合われ,共通ウエブサイトの設置や,英文発表の導入などが具体的に提案されもしたが,さしあたり3か国会長による話し合いを継続し「改革」を進めることが合意された。芝田会長からはその環境整備の一つとして,大会名の英文表記を共通化することが提案され,日本でも今後は「International Forum on Publishing Studies(IFPS)」を大会名に併記し,共通化を図ることを大会の席上で発表した。これは,本学会が掲げる国際事業の活発化の足掛かりにもなることと思われる。
前回中国大会の課外活動は南京大虐殺記念館訪問であったが,それに倣うならば今回は安重根義士記念館もしくは独立記念館に行くべきであったが,時間が取れずやむなく日本大使館前の慰安婦像視察にとどまった。ちょうど産経ソウル支局長の公判廷前でもあり,大使館前はいつも以上に物々しい警備であったが,ちょうど大きな抗議行動があった直後とのことで,静かな時間が流れていた。それでいうと,南京記念館は民族教育のメッカで,小中学生が列をなしていたが,安重根の方は,リニューアルオープンした直後に行った際にも,タクシーの運転手が場所を知らず,道を聞いてもなかなかたどり着けないほどで,その距離感の違いは興味深いものであった。
いずれにしても,2年ごとの開催で16回を迎えた国際出版研究フォーラムは,研究の成果とともに,相互の文化・歴史の再認識あるいは新しい発見の場としても大いに意義あるものであることを,今年の大会も教えてくれたといえるだろう。