「電子書籍販売の現状と出版流通」萩野正昭氏(2014年9月30日)

▲出版流通研究部会2014930日)

 電子書籍販売の現状と出版流通

-ボイジャーの新しい試みを踏まえて-

萩野正昭氏 

電子書籍の市場規模が初めて1000億円を超えるなど出版産業に与える影響は大きなものがあります。改めて、その現状を考えあってみたいと思います。報告者は、『電子書籍奮戦記』(新潮社刊)を書かれたボイジャー創設者の萩野正昭さん、約20年にわたって電子出版の最前線を走り続けられた経験から、電子書籍の歴史、展望、哲学など「電子本の過去・現在・未来」を語っていただきました。(参加者:会員8名、会員外11名。講師を含め20名、会場:八木書店会議室)

 報告の骨子

電子出版を20年ほど前から先駆け的に取り組んできました。電子出版の普及を進めるために、電子本ビューア『ティータイム(T-Time)』や、青空文庫の縦書きリーーダー『アジュール(azur)』、出版物の電子的なフォーマットとなる「ドットブック(.book)」やインターネット・ブラウザでデバイスを選ばないBooks in BrowsersBinBの開発・提供に力を注いできました。

ネット時代のデジタル情報は扱いやすい反面、例えばOSのバージョンアップ、ハードの生産中止等により、読めなくなってしまうという弱点もあります。出版物はいかなる時間、場所においても、またどんなデバイスでも可読でき、残り続けるものとして存在させる必要があると考えています。デジタルということで、ハードやOSに依存してしまうのでは、永続性はなかなか保てません。

インターネット上には、例えば「青空文庫」という著作権の切れた小説がテキスト提供されているサイトがありますが、HTMLで横書きの小説を読むのは大変です。また、やはり携帯して空いた時間に読みたいというニーズが圧倒的に大きいのです。ボイジャーのBinBによって、ハードの制限が無くなり、普段使っている、携帯電話、iPodPDAなどのハードで電子書籍を読むことを可能としているのです。

普通ベンチャーというと、いいアイデアや技術などで世の中に切り込んでいくような印象ですがこの20年、失敗を繰り返してきました。これまでさまざまな企業が電子出版に参入してツールを販売してきましたが、ほとんどの企業は撤退してしまいました。失敗の中で私たちが得てきた経験を活かす事で、今後、強いベンチャーとして成長できるのだと思っています。

「今そこにある液晶デバイスを本にする」というのが、2005年に掲げたボイジャーのスローガンでした。電子的な本は一番消えやすいものですから、これまで書かれたものは多くあっても、泡みたいに消えてしまいます。だからこそ、ボイジャーはデジタルでも「残り続ける」出版を目指しています。そのためのツール、仕組みを作ってきました。

本はそれ自体を読むことが出来ますが、電子本は読む道具が必要となってきます。そうは言うものの、本も電子的なデータから印刷されているのが現状です。この電子的なデータを「原液」と呼んでおり、これをあらゆる液晶デバイスに注ぎ込んで、注ぎ込まれたデバイスが本になる、ボイジャーが作ってきたのはそういう仕組みです。

さらに今後はボイジャーでも自社の企画を立てて電子出版を行っていきたいと考えています。これまで電子出版を広めていくためにビューアを提供してきましたが、インフラが整いつつあり、市場が活性化されていくなかで、出版社としての活動も手掛けていきたいと考えています。

私はずっと「人は電子で本を読むようになる」と信じてやってきた。ボイジャーを始めた当時は、そんなのあり得ないと批判されたりもしました。今はTwitterだ、Facebookだという時代になってきました

創業の言葉にも、一行目に「ボイジャーは出版社です」と宣言しています。実際にはそんな簡単には物事は進まなかったのですが、でも創業の精神はそこにあって、時代が進み、自分たちも本――それも電子ならではと呼べるような――を出すということがわずかながらできるようになってきたと思っています。

フォーマットが曲がりなりにもEPUBやその周辺で整い、電子書店が増え、市場が拡がったことによってだんだんその採算ラインが見えてきたといえます。

ボイジャーは、いま、新しい読書システムBinBやロマンサーよる電子書籍の提供に力を注いでいますが、ロマンサーは、一般の方が、出版でき、BinBで即、配布することが出来ます。TwitterFacebookにその本を付けてやることが出来ます。いわば「広場」のような存在として捉えているので、自由にそこに参加して出版に取り組めるようにしたいと思っています。

私はこれまでボイジャーがやって来られたのは、「諦め」があったからだと思っているのです。この業界の人間というのは、「デジタルで何でも、簡単にできる」と盛んに言ってきたじゃないですか。でも、実際は何もできないし、全然ヒトに優しくなかった。それに何よりもそういうところから生まれたサービスは短命だったわけです。だから逆説的なんですが、アレもコレもじゃなくて、これはやっちゃいけない・やらないといった「諦め」が重要で、その中から自分たちができることに自信と誇りを持って注力して、何よりも続けていくべきだと思ってきたのです。

そういうところから生まれてくるものは、案外、地味なのですが、考えてみると、紙の本ってもともとそういうものでしょう。あれほど何もできないパッケージが、何世紀も親しまれてきたのは、ひとえに中身が優れていたから――それに尽きるといえます。BinBやロマンサーは、その本質を突き詰めようという、途上のひとつです。

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萩野正昭氏には、200910月にも「デジタルコンテンツと紙の本の近未来」をご報告いただいている。夢多き人である。社長職を退き、バトンを鎌田純子氏に渡した今も、電子出版に掛ける思いは変わらない。

    (文責:出版流通研究部会)