出版メディアとデジタルアーカイブ (2014年6月23日)

■関西部会 発表要旨(2014年6月23日)

出版メディアとデジタルアーカイブ――破壊か?共存か?

ゲスト:
   赤間亮(立命館大学文学部教授)
   湯浅俊彦(立命館大学文学部教授)

主催:日本出版学会関西部会,アート・ドキュメンテーション学会関西地区部会(共催)
協力:立命館大学文学研究科文化情報学専修,立命館大学アート・リサーチセンター

 今日のデジタルアーカイブの進展は,これまでの出版ビジネスに大きな影響を与えつつある。赤間亮氏からは,立命館大学アート・リサーチセンター(以下,ARC)が確立した「ARCモデル」について,湯浅俊彦氏からは,日本における電子出版と電子図書館をめぐる現状と課題についての事例報告があった。
 「古典籍デジタルアーカイブと複製出版事業の行方」と題した赤間氏の報告では,これまでの古典籍デジタルアーカイブを整理し,そのなかでARCが行うデジタルアーカイブ活動の説明がなされた。
 ARCでは,国内のみならず,海外の日本文化財もアーカイブの対象としており,その対象地域はイギリスからヨーロッパ,アメリカへと拡大している。ARCモデルの全体的特徴として,「研究者によるアーカイブ(自炊型)」,「悉皆調査と全資料アーカイブ」,「短時間/大量作成」が挙げられた。そのなかでイタリアにおける活動の事例を取り上げ,現地の学生や研究者がデジタル撮影に参加したことや,彼らが日本語のデータベースを参照しながらイタリア語目録を作成したことを紹介し,技術移転,情報共有化の可能性を示した。日本の文化,芸術を学ぶ現地の学生らと撮影を行うことにより,将来的には彼らが大学院生として日本に留学することが期待でき,デジタルアーカイブの運用,継承可能な人材の育成に繋がる。そして,2014年度に設置された立命館大学大学院文化情報学専修は,その受け入れ先となると想定される。
 また,2011年11月29日に東京大学で開催されたシンポジウム「デジタル化時代における知識基盤の構築と人文学の役割――デジタル・ヒューマニティーズを手がかりとして――」において謳われた「過去の文化資源を適切にデジタル化して次世代に提供する」ことがデジタルアーカイブの役目であるという表現に赤間氏は共感し,デジタル化された資料の活用の可能性について述べられた。
 報告の最後に,赤間氏から,新たなビジネスモデルの提案がなされた。1点目は,通常,学術的WEBコンテンツには,一般向けの魅力あるインターフェイスとその分野の専門研究者向けの高度学術的DBという2面が考えられるが,そのどちらでもない,より広く視野で文化資源を活用する利用者向けの第3極の開発という提案である。2点目は,高価値のコンテンツに対して,有料化によって高品質を保証するという提案であった。無料メディアとしてのボランティアなどによる,低品質問題があるなか,有料化を行うことによって資金循環型の高度文化社会を維持することができるとのことである。

 「日本における電子出版と電子図書館」と題された湯浅氏の報告は,近代デジタルライブラリーにおける「大蔵経問題」の概要からはじまった。これは,国立国会図書館の近代デジタルリブラリー事業によって公開されていた『大正新脩大蔵経』,『南伝大蔵経』について,日本出版者協議会と大蔵出版からインターネット公開の停止が申し入れられ,公開停止措置が取られたという出来事である。このことに関連して,その後,「長尾構想」とそれに対する批判について解説した。2011年に当時の出版流通対策協議会(現在,日本出版者協議会)高須次郎会長による「既存の出版社や書店の営業を阻害しないようにすべきである」という主張に対し,湯浅氏は,国立国会図書館のデジタルアーカイブを利用することは,出版活動にとって新しい展開となると反論した。更に,出版業界と図書館業界が互いに理解しあうことによって,この問題を根本的に解決することができるとも主張された。
 また2012年度に経済産業省が実施し,日本出版インフラセンターが受託した「緊急デジタル事業」を例に日本の出版界によるデジタルアーカイブ化の動きを紹介した。この事業の目的は,被災地域において,中小出版社の東北関連書籍等を電子化する作業の一部を実施すること,そして,その費用の一部負担をすることで,電子書籍市場を活性化するためであった。しかし,その実態は震災復興に名を借りたデジタル化事業であり,事業のなかで電子化された書籍全体におけるコミックスの比率が46%と高いことや,東北関連書が極めて少ないという仲俣暁生氏による批判がある。また,電子化された書籍の出版社名が公表されなかったことや,ただ単に「フィックス型」の電子書籍化を進めただけというこの事業の実態が批判されている。税を投入するならば長期的活用が期待できる国立国会図書館による所蔵資料のデジタル化やオンライン資料の制度的収集,さらにはそのアーカイブを活用した民間事業の活性化の方向性が望ましいのではないかと湯浅氏は論じた。
 報告の最後に,湯浅氏は,出版社の復刻,複製出版の今後の展望について述べられた。そのなかで,国立民族学博物館・地域研究所がオリジナルの寄贈を受けた「19/20世紀英国議会資料=HCCP(House of Commons Parliamentary Papers)」のオンライン版契約に関する2011年頃の実例を示した。この資料は,大学が資料の必要性を国立大学図書館協会(JANUL)と公私立大学図書館コンソーシアム(PULC)を通して国立情報学研究所(NII)に働きかけ,NIIがProQuestに一定額を支払い,大学はコンソーシアム価格で安く入手するという公的助成のしくみである。
 両者の報告後,八木書店八木壮一会長から,出版業界と図書館業界が協力し合うことによって,利用者によりよいものを提供できるのではないかという提言があった。その他,出版業界や大学図書館関係者などから質問や意見が寄せられ,活発な質疑・応答が交わされた。出版メディアとデジタルアーカイブの将来像について考えさせられるものであった。
(文責:常木佳奈(つねき・かな)立命館大学大学院文学研究科博士課程前期課程)