■パネリスト
日本:植村八潮 (専修大学文学部教授)
韓国:尹世● (敬仁女子大学教養学部教授) (●=王+民)
中国:田勝立 (中国編輯学会会長)
司会 星野渉 (文化通信社)
●日本 植村
出版は母国の言語に依存し,それを共有する民族に育まれ,教育とあいまって,その国独自の出版文化として継承・発展してきた。出版産業は,複製技術と流通システム――印刷と物流による小売――を基盤に成立してきた。この複製技術と流通システムの2つの要素が発展・変化し,デジタル環境に移行することで,出版産業も変化してきている。誰でも安価に複製できるデジタル複製技術と誰でも世界に情報発信できるネットワーク流通基盤によって,出版物は出版コンテンツに装いを変えてきている。出版と出版文化を,デジタルによる革命的な基盤の変化の中で考えたい。
●韓国 尹
デジタル時代のパラダイムの変化に対応し,出版は変わらなければならない。デジタル時代の出版産業は情報化時代の革新的な産業として重要性を増し,またデジタルが出版産業の発展を導いている一方で,デジタル革命は既存の出版に危機をもたらしている。
デジタル革命が読書を変えている。文字中心から視聴覚中心へ,深化から拡散へ,一方向から双方向へ。論理認識としての読書から,印象イメージとしての読書へ。テキストとのコミュニケーションを通じた思惟と認識ではなく,感覚的なハイパーテキスト型の読書に留まっている。
もし電子書籍が時代の寵児となるなら,どのような工夫をすべきか,どのような観点から課題を設定すべきか。どのような解決をはかるべきか重要となってきた。本,出版,読書の概念も再考せねばならない。
しかし,出版の本質は変わらない。一冊の本を企画し,編集・制作し,流通・販売することに注ぐ出版社の献身と情熱,文化的創意性が変わるはずはない。出版が担ってきた歴史的役割と機能への誇りと責任意識を持って,出版人自らが新たな時代にふさわしい出版を発展・継承させねばならない。
●中国 田
2010年代に入って中国のデジタル化は加速してきた。ネットユーザーは5億人を超え,世界第一位となり,ケータイのユーザーがPCのユーザーを超え,3億3800万人となっている。中国のネットユーザーは伝統的な出版物の読者の倍となっている。デジタル化が読書人口を増やした。ライセンス保護は国家プロジェクトとして進めている。提供者と利用者へのプラットフォームの提供も始まっており,デジタル版権管理システムが映像DB,オーディオDBをサポートしている。デジタル版権保護技術は重要である。しかし,技術の保護措置も行過ぎてはいけない。読書の感覚に影響を与えたり,反感を与えたりしてはならない。
[各国の電子出版の現状]
●日本 植村
日本での出版市場(書籍と雑誌の小売販売額)は,1996年の2.5兆円をピークにその後減少を続け,現在は1.8兆円となっている。広告収入は2500億円でピ-クの1/2。一方,インターネット広告は8000億円で増大し続けている。
一方,電子書籍(ケータイ及びインターネットを通じて販売されたデジタルコンテンツ)は,昨年629億円で,一昨年の650億円よりも小さくなっている。これは,電子書籍の中心であるコミックの読者が通称ガラ系と呼ばれる従来型の携帯電話に留まり,スマートフォンに移行しないことによる。端末としてのガラ系の市場の縮小に伴い,ケータイコミック書籍の市場も小さくなった。新たなメディアとしてのスマートフォンの読者を確保していないことも要因である。イーブックリーダの市場拡大が見えていない。
電子書籍を広い視点でとらえると,日本独自の成功例として電子辞書がある。この販売額は一時期400億円あり,紙の辞書(ピーク時:300億円,現在:170億円)を上回った。デジタル化が辞書市場を拡大したともいえる。かたや紙の辞書に留まった出版社には,デジタル化は危機となった。紙メディアを扱う書店でのデジタル化の危機感も同様で,デジタルコンテンツを扱う書店以外のチャネルでの販売が拡大している。
●韓国 尹
2010年の企業数27,803,従事者:203,000人,売上額:21兆2,000億ウォン。韓国の出版産業は2005年の3万4,000社から減少が続いているが,輸出は小幅で増加している。不況は続いているがコンテンツの輸出は増えている。オンライン出版流通は拡大している。端末の発展がオンラインデジタル市場の流通を拡大する。電子出版の売上は,2010年で2995億ウォンで,2008年以降,年平均で27.3%の成長率を示している。デジタルコンテンツは従来の流通業中心から,今後は出版社中心になっていくだろう。出版コンテンツのニーズが高まっているからだ。当面は,オフラインの卸や小売が低迷し,オンラインの卸や小売が成長する過渡期的な状況が続くだろう。一方で,不正コピー防止の観点から,オフライン(紙)書店の重要性を再認識する必要がある。また電子出版業育成のための書店や出版社の努力や政府の支援策等も課題となっている。
●中国 田
デジタル出版は産業を拡大し,その構造を改変している。
中国の統計ではデジタル出版産業にはネット・ゲームやネット広告が含まれ,2010年で1,000億人民元を超えている(前年比32%増)。その内訳は,ケータイ出版:350億人民元,ネット・ゲーム:324億人民元,ネット広告:320億人民元。紙の本をデジタル化した電子書籍は25億人民元未満と少ない。ネットブログ:10億人民元,雑誌:7.5億人民元,デジタル新聞:6億人民元,ネットアニメが続き,デジタル音楽:2.8億人民元。今後はモバイル出版が中心となるだろう。デジタル出版産業は,2006年から年率50%近い成長率で突出している。最近の特長としては,メディアのコンバージェンスが進展していること,新しいカルチャーとしてコンテンツが断片化,エンタテインメント化していることがあげられる。
[電子コンテンツとその担い手]
●韓国 尹
タブレットPCやスマートフォンの増加に対応したマルチメディアコンテンツが増え,特に教育や子供の本,旅行の本の分野で進んでいる。相互作用性の極大化という観点からも革新が起きている。マルチメディアコンテンツはテキストに留まらず,絵,写真,動画,音楽,双方向でのゲームという要素も加味され,さまざまな人が享受できることになり,著者だけでなく読者がコンテンツをアップグレードすることも可能で,双方向での出版コンテンツが成立している。マルチメディアコンテンツが市場を切り拓いている。
韓国では,デジタル出版コンテンツの担い手は,かつては,流通会社であった。しかし,最近は出版コンテンツの重要性の認識の高まりから,出版社が台頭してきており,いまや出版社と流通会社は競合している。マルチメディアコンテンツは,ゲーム以外の分野,特に教育や旅行の分野などで活性化している。例えば,いまや旅行ガイドは紙の本で持ち歩くことはなくなっていて,特に若い人は,現地で端末にダウンロードして見ている。これは海外旅行,国内旅行問わず共通した現象である。出版社は,こうしたトレンドを把握し,それに見合ったコンテンツを開発し,流通していかねばならない。
●中国 田
中国はいま文盲が終わりつつある状況で,紙メディアの読者も増えているものの,デジタル出版の読者はそれ以上に増加している。
伝統的なメディアの基礎読者には,2億人の学生(小・中・高・大学生)がいる。かたやケータイの読者の特長としては,2億人の農民工(出稼ぎ労働者)があげられる。これは義務教育は終了したものの,新聞を買うことができなかった人々で,彼らは紙を経ずに,いきなりケータイのコンテンツを享受しでいる。これは中国の特長であり,伝統的なメディアの出版社が努力をした結果ではない。レコード,CDに替わる音楽出版も非常に増加している。
[新しい時代に向けた出版人の養成]
●韓国 尹
韓国でも人材育成はジレンマである。出版学専攻の学科を有する4年制の大学はないが,関連したメディア学関連の学科を持つ4年制の大学や2年制,3年制の大学はあり,出版を専攻する大学院(修士課程)もある。また学会・団体などの出版人の再教育講座もあり,出版社自身による再教育プログラムもある。
現在の出版界の危機は,機会としてとらえる必要がある。出版社には,コンテンツの特性を見極め,ユーザーの受容意向の分析に基づいた,本を超えた新しい出版戦略が必要である。韓国では出版コンテンツを映画やドラマや公演,キャラクター,ゲームにと拡張している。電子書籍の概念はマルチメディアコンテンツに拡張可能である。
電子書籍がマルチメディアコンテンツの源泉となれば,不況下にあっても出版界の新しい機会の創造となる。出版の概念と領域を拡張し,コンテンツをさまざまな形態で展開することで,出版業はデジタル時代における文化コンテンツ産業の核心となる。デジタル文化コンテンツの源泉は出版コンテンツである。
出版界がデジタル時代に見合ったコンテンツを用意し,新しいサービスを準備し,テストし,未来に備えるなら,新たな出版文化と出版産業の成長をはかることが可能となる。
●中国 田
中国では,リーダーの育成を通じた出版産業の転換をはかっている。社長や編集長など1社1名で毎年800人への教育を行っているほか,ニューメディア責任者などへの毎年1000人の教育,編集者やプロジェクトマネージャーへの教育,技術者への教育もある。
私の関わっている大学では出版学専攻がある。近年,出版界からより実用的な人材供給の要請もあり,出版学の修士課程も開設した。さまざまな機会を通じた出版界に多くの人材を提をすることを目指している。
[デジタル化時代の国際交流の意義](まとめ)
●日本 植村
デジタル化で起きている問題は海賊版がある。出版界では法制度や商習慣の変化はゆっくり進まざるを得ない。しかしメディア環境の変化は劇的・破壊的に起きており,著作権保護は,リテラシー教育で解決するにしろ,技術で解決するにしろ,国を超えた共通問題となっている。
日・韓・中の協力の成功例としてはイーパブ(EPUB)がある。これの国際標準化は韓国が国内標準として先行することで実現した。産業間では実現が難しいことも,研究者間の交流のなかで共通の解決策を見出していけることの証左となった。3国間の研究者の議論を通じて共通課題の発見に期待したい。
●韓国 尹
北京と東京フォーラムに出席してWi-Fiが使いづらいと感じた。韓国の都市ではどこでも簡単にWi-Fiが使える。情報技術の発展が,IT産業やコンテンツ産業の発展を促進するので,中国・日本とも韓国の成功例を参考にしてもらえれば幸いだ。
韓国は日本の沢山のコンテンツを翻訳して出版している。最近は,韓国のコンテンツを中国はじめ世界に翻訳して出版することも多くなって来た。今後は3国が同伴協力して新たな規格で育て上げ,世界を対象とした市場を開発していくことが重要となる。デジタル時代の源泉コンテンツである出版コンテンツの新たな開発が必要だ。一方,海外市場の開発のためにも国内市場の活性化を急がねばならない。出版産業の選択と集中の戦略が必要で,そのためには産・官・学の協力体制が不可欠。こうした学術交流を通じて,日・中・韓が協力して,世界市場に向けた出版産業の成長を促していくことを期待している。
●中国 田
パネルディスカッションを通じて次の3つを感じた。
1.デジタル化の時代は課題であるとともにチャンスでもある。課題よりも,チャンスの方が大きい。
2.社会の需要=市場の分析が必要である。これは,出版のデジタル化を促進する原動力である。
3.断片化・エンタテイメント化が進む中で,深く読むことの重要性を再認識する必要がある。
中国の電子出版関係の社長は,韓国のゲームコンテンツは中国でも取り入れたい。ゲームの需要は中国でも大きいし,国内のゲーム産業を発展させることにもつながる,と言っている。3カ国の交流はお互い良いところを利用し,補い合い,ともに発展していくべきだ。
(文責:志村耕一)