阪神大震災からの復興と出版流通
福嶋 聡
神戸の経験,『阪神大震災と出版』(日沖桜皮編 日本エディタースクール出版部)をはじめ,書物として残された震災からの復興の記録と記憶を,今回の東日本大震災からの復興にぜひ活かして欲しい,ぜひ役立ててほしい,と心から思う。そして,そのためには,正確な事実を拾い上げること,そして今日の状況との差異を見据えることが,大事なことだと考える。阪神大震災からの復興を,「神話」にしてはいけない。
神戸の書店地図は,震災後,決して「復旧」してはいない。震災前に三宮~元町地区に割拠していたコーベブックス,流泉書房,漢口堂,日東館などが,次々と撤退していった。震災の半年後に出店した,当時関西最大規模の駸々堂三宮店も,2000年1月の突然の倒産により,姿を消した。敢えて言えば,この地区では唯一残ったジュンク堂も,地域集中のリスクを痛切に感じ,神戸の書店から一気にナショナルチェーンへと変貌することによって,生き残った。
そして,書籍・雑誌実売総金額のピークが1996年だった,つまり,95年の阪神大震災時は,辛うじて右肩上がりの最後の時期だったことも忘れてはいけない。95年には,破損本の通常正味での返品入帳や現物なしでの「みなし入帳」などといった特例的な処置が,書店の生き残りを支えた。今も,業界全体に同様の体力があるかどうか?というと,災害の規模自体が違う。今回は,出版社が集中する首都圏もまた被災地の一部である。
だが,復興の困難と危うさを知りつつ,否知れば知るほど,私たちは勇気を持って,未来へと船出していかねばならないのだ,と思う。
書物の担ってきた役割の一部が電子媒体へと移っていることも,大きな変化の一つである。3.11の翌日,震度6強の地震が襲った長野県栄村から,ブログや電子書籍によって発信を続けたのは,電子書店「わけあり堂」であった。講談社が,被災児童に絵本3万冊を寄贈する一方,小学館は,震災によって雑誌を入手できなかった読者に向け,ウェブ上でコミック9誌を無料配信した。
阪神大震災の翌年だったか,翌々年だったか,高校演劇の秋のコンクールで,神戸高校が『破稿 銀河鉄道の夜』という,宮澤賢治―北村想の流れを汲み,大切な友を失った震災の傷を乗り越えていく素晴らしい作品を見せてくれた。どのような形になっても,本は,心の癒しを支える。