学術出版のルーツ:アルドゥス・ マヌティウスの出版事業
雪嶋宏一
2002年10月3日午後6時半から,東京電機大学の教室において,早稲田大学図書館雪嶋宏一氏によるセミナー『学術出版のルーツ:アルドゥス・マヌティウスの出版事業』を開催した。参加人数は約50名であった。
15世紀末から16世紀はじめにヴェネツィアで印刷業を営んだアルドゥス・マヌティウスは,イタリック体活字の創作や八折判(手のひらサイズ)により歴史にその名を残しているが,ギリシア,ラテン,イタリアの優れた古典の印刷出版とエラスムスなどの同時代人の学術書を出版する学匠印刷家であった。
1452年頃,ローマの近郊の小村で生まれた彼は,ギリシャ語,ラテン語に通じ,領主の家庭教師をして貴族たちとつながりを持ちながら,1490年頃,ヴェネツィアへ出て,ギリシア語の著書を出版した。そこでも上流階級の人たちと付き合いを深めることにより資金を確保し,彼自身の印刷所を持つと,1495年には最初の印刷本『ギリシア=ラテン対訳ギリシア語文法書』を上梓した。
それはグーテンベルグが鉛合金活字鋳造による印刷機を発明してから40?50年が立った頃で,イタリア・ルネッサンスのまっただ中という時代背景にあった。書物の普及に革命をもたらした西洋活版印刷技術は,その揺籃期からヨーロッパでの印刷出版産業を勃興させた。15世紀のうちにこの技法で出版された書物をインキュナブラと呼ぶが,その出版点数は4万点にも及ぶという(現存約3万点)。
アルドゥスの出版もルネッサンスの精神を反映して,ギリシア・ローマの古典の復興を事業の出発としている。1501年頃,彼は自宅に,ギリシア語に造詣の深い人だけが会員になれる「ネアカデミア」を創設して,ヴェネツィア内外の学者を招いて古典の写本を探したり,校訂作業を進めたりした。そして彼はネアカデミアを通して出版物の販路を確保していた。
アルドゥス・マヌティウスは約20年間の印刷事業で133版を刊行した(ギリシア古典44版,ラテン古典32版,キリスト教関係書11版,人文主義者作品46版)。とりわけ,1502年から刊行した一連の八折版は携帯可能な古典文献として大いに流布し,イタリアばかりでなくフランスの学者や学生に少なからぬ影響を与えた。この新しい印刷形態とアカデミーとの結びつきは,アルドゥスに出版事業の成功をもたらした。1回の印刷部数は1,000~2,000部くらいではなかったかと推測される。また書物に初めてインデックスを付けたのも彼の業績である。1515年没。
この講演を通して雪嶋氏は,1)当時のイタリアには他にもアカデミーが活動していたが,初めからこのような学術出版を目的としたものはなかった。その意味で,学問の世界と印刷業とが有機的な合体をしえた学術出版の始まりといえるのではないか。また,2)アルドゥスの印刷出版業の成功は,まさに印刷革命の中での16世紀ヨーロッパのビジネスモデルであった,という見識を示された。
なお,講演中には雪嶋氏の収集の中から3冊が披露・回覧された。
(文責:植村八潮)