関西部会 発表要旨(2010 年3 月30 日)
最近の図書館における電子化の動向
――大学図書館の再定義とその編集機能
飯野勝則
近年図書館は変革期を迎えている。図書館はいわゆる「情報革命」と呼ばれる流れの中で,そのあり方を再定義しなければならない時期に差し掛かっている。人類史上,かつての図書館は紛れもなく,並ぶもののない絶対的な「情報の集積地」であった。情報を主に図書という形で集積し,提供することが図書館の主たる目的であった。だがWebの出現により,図書館のアイデンティティは大きく揺らいでいる。
とくに大学図書館は電子ジャーナルや電子ブック,あるいはWebサイト上で提供されるデータベースといった「電子系」の情報資源を積極的に収集・提供することで,「非来館型図書館」という概念の構築と,その拡張に寄与している。これは図書館が自らの存在意義を見つめなおした結果生じた変革の一端と言える。
現在の図書館は「情報の集積地」の一つではあったとしても,絶対的な存在ではありえない。それは次のような比較からも明瞭になる。例えば,情報には当然,価値というものが存在するが,そういった価値に力点を置かず,単純に電子化された情報の「量」のみで,図書館とWebを中心とするインターネット空間を比較してみよう。ある図書館に90万冊の蔵書があったとする。蔵書が新書と同等の文字数,約12万字が含まれていると仮定すれば,1文字を2バイトであるとすると,そのテキスト量は図書館全体で216ギガバイトとなる。これに比してインターネット空間の「サーフェス・ウェブ」と呼ばれる,検索エンジンによりデータ検索が可能なエリアに含まれる情報量は,一説によれば2009年の時点で,6877テラバイト(総務省情報通信政策研究所)と推定される。すなわちインターネットを使えば,図書館の3万倍以上の容量を持つ情報にアクセスが可能な状況となっているとも言える。無論,ここでの図書館における情報量には画像の容量などは含んでおらず,正確な比較とは言い難いが,この情報量の差は決して無視できない状況にあると言えるだろう。ましてや,閉ざされたインターネット空間である「ディープ・ウェブ」の存在にまで,想像を広げてみれば,その差は歴然である。
一方で,かつては情報の提供技術という分野にあって,先端的立場にあった図書館であるが,その地位も揺らいで久しい。例えば,利用者の情報検索の方法は,すでにIT企業によって標準化されている。簡潔なWebサイト上の「検索窓」にキーワードを入れ,「検索ボタン」を押すという行為や,これら検索エンジンの内部技術は,図書館の蔵書検索システムに強い影響を与えており,そこには図書館に対する優位性が存在する。
これらを踏まえれば,図書館とWebとは現在,以下のような関係にあるとみなせるだろう。
(1)「情報の集積地」だった図書館とWebの関係には「量」において明確な上下関係が生じた
(2)「情報検索・提供技術の先端地」だった図書館とWebとの関係には「検索技術」において明確な上下関係が生じた
(3)「情報」分野において図書館的アナログ世界とWeb的デジタル世界の新たな相関関係が生じた
こういった図書館とWebを取り巻く環境を改めて分析すれば,図書館は有史以来の巨大な「アナログ・データベース」であり,アナログとデジタルを融合した「ハイブリッド・データベース」とも言えるだろう。つまり図書館は,Web上に検索窓を持ち,Webを構成する情報源(データベース)の一つとみなすべきであると考えられる。
この視点を念頭に置けば,図書館の目指す方向は極めて明確になる。当然のことながら,図書館は,Web上の最新技術を,自らが提供するWebサービスに,積極的に取り入れ,Webと比較して「準・先端」的な進化を遂げていく必要があるだろう。更に図書館がWeb上のデータベースあるいは情報源であるなら,そこで展開される,Web2.0の図書館への拡張概念であるLibrary2.0は,運営上より重要な位置を占めるべきであると言えるし,同時に,図書館職員の職責も再定義される必要があるだろう。例えば「Webデジタル・データベース⇔図書館」,「Web2.0⇔Library2.0」という相関関係が示唆するものに「図書館職員⇔Webマスター」という対比関係が存在するが,これは今後の図書館職員の新たな職責を暗示するに他ならない。すなわちLibrary2.0に起因するような,利用者による図書館提供情報の編集,発信についても,図書館職員は「Webマスター的に」許容し,理解できるように自らを変化させていかねばならない。
また一方で,図書館とWebとの一体化は進めていくべきであるが,その流れに中にこそ,図書館が独自性を発揮し,生き残っていける状況が存在していることも認識すべきである。例えばWeb上に蓄積された情報は,Web登場後に作成されたものであり,過去の情報は比較的薄い。こういった情報については,図書館を通じて発信されるアナログコンテンツが,その潜在力を発揮する。
また図書館の強みは「信頼できる情報」を編集・提供してきたことであったが,玉石混交のデジタル世界においても,これを行えるのは人というアナログ存在が介在する図書館しかない。この状況を正しく認識し,図書館がこの概念に沿った運営を行っていくことで,図書館は「機能」として,Web世界の一角で今後も生き残れる可能性があるといえるだろう。
(文責:飯野勝則)