出版統計・データの現状と問題点
:フレームと収集の再検討
司会者: 柴野京子(上智大学)
問題提起者:古幡瑞穂(Gakken)
討論者 :鷹野 凌(HON.jp)
出版研究および出版産業においては、基礎資料として各種の統計データが用いられてきた。しかしながら、戦後70年にわたって続いた『出版年鑑』(出版ニュース社)や『読書世論調査』(毎日新聞社)が終了、書店数の指標であるアルメディアの調査、商業統計(経済構造実態調査に統合)も停止され、主要調査機関である出版科学研究所も、人件費等の負担から、公開頻度や方式の見直しを始めている。
他方、既存の産業形態が相対化され、周辺が拡張していく中で、前者を対象とした統計やデータが正しく実態をあらわしているのかという疑問も少なくない。本ワークショップは、こうした背景から、研究の基礎であるデータの問題を具体的に摘出・整理し、今後の議論につなげる必要があるのではないか、という問題意識のもと企画された。最初に司会者から上記の趣旨説明があり、日本出版販売在籍時から販売データのオペレーションと活用に携わってこられた古幡瑞穂氏、デジタルを中心に幅広く出版に関する情報を収集している鷹野凌会員から報告が行われた。
古幡氏からは、出版統計が大きく依存してきた大手取次の影響力低下について、具体的な説明があった。出版流通を一元的に担ってきた取次は、業務上の必然として商流・物流データはもちろん、商品および出版社、書店の情報やマスタを集中的に整備・コントロールする立場にあった。しかしデータの担い手が分散化する中で、スケジュールや項目の不統一など、マスタの品質に揺れが生じている。また、組合に加盟しないインディー系書店の拡大、直販や同人誌、一部の電子版、海外版、ライセンス商品の増加など市場の多様化によって、取次ベースでは数値的な把握が難しくなっている。ビジネスにおけるマーケティングデータの活用は進んでいるが、目的も質も異なっており、ある程度網羅的・持続的な出版統計やデータ整備の必要性を、学界・業界で共有すべきであるとの指摘があった。
鷹野会員は、出版統計が対象とする「出版」あるいは「電子出版」の範囲を検討したうえで、個人向け直販、企業向け直販、輸出入統計、同人誌、広告、電子図書館サービス、投稿サイトやセルフパブリッシングなどクリエイター・エコノミーの領域、大手出版社の主要事業であるライツ、その他制作にかかわる事業など、統計に含まれないもの、どこまで網羅しているか不明なものが多く存在することを提示した。同時に、公表されている各種の統計が、何をもとにどの範囲を数字として扱っているかに注意を向けるべきであると述べた。
続く質疑応答では、以下の点について会場の参加者も含めて意見が交換された。
〇取次の売上ベースで構築されている市場統計に関して、とくに委託取引における実質的な売上高をどう考えるか。
送品-返品を売上高としているため、返品タイミングによるタイムラグが常に発生する。また統計には閉店による返品が含まれる。日販ではPOSをベースにした前年比等をリリースすることで、実態に近づけている。ただし前述のとおり含まれない部分は多い。
〇POSデータの有用性と問題点
POSデータは書店のものであり、ほぼ有償であること、データ自体が膨大であることから、すべてをオペレーションできる出版社は限られる。また、産学連携を前提として研究者に特別提供された事例はあるが、原則は非公開。過去のデータでも研究には有用なので、何らかの可能性はないか。
〇自費出版の著者負担分(販売外の売上)、無料のマンガなど、数字としてあがってこない売上は他にもある。
電子出版ではマンガが圧倒的な占有を占めているが、無料マンガを含めていないので市場が過少評価されている。ライトノベルなども、紙ベースで500憶程度あった市場が160億ぐらいに減少しているため縮小ジャンルと解釈され、ウェブベースに流れている市場が見過ごされている。
〇電子図書館への売上が明確になっていない。
電子図書館については、公共・大学とも資料費としての統計は存在するが、出版社側の売上が内訳としてわからない。各社は紀伊國屋書店、丸善雄松堂、TRCなどと契約をしているので、その内容が売上になるが、公表しているわけではない。出版科学研究所およびインプレス総合研究所の統計(『電子書籍ビジネス調査報告書』)にも図書館は含まれていない。
論点が多岐にわたるので、議論が拡散するのではとの危惧もあったが、当然のように流通する「データ」を見直すことで、さまざまな立場から本質的な問題が提出され、熱気に満ちたワークショップとなった。次回を期待する声も聞かれたので、研究会での継続も検討したい。
(文責:柴野京子)