「講談社X文庫が見せた作家・作品展開のグラデーション」山中智省(2023年12月2日、秋季研究発表会)

講談社X文庫が見せた作家・作品展開のグラデーション
――“ライトノベルのメディア史”における位置づけの再検証

 山中智省(目白大学)

 
 本発表では、1984年に講談社が創刊した講談社X文庫と、そのサブレーベルであるティーンズハート(87年創刊)とホワイトハート(91年創刊)の全体像を把握すべく、各レーベルの刊行作品や執筆作家などの特徴を調査し、通時的・総合的な整理を行った。また、本発表ではライトノベルを、「多様なジャンル、メディア、文化を複合させた活字コンテンツを戦略的かつ積極的に生み出し、若年層を小説の読者や作家として獲得することを企図した出版メディア」と定義した上で、既存の出版メディアである文庫/文庫本に対して新たに何が、どのような経緯で複合を果たし、「出版メディアとしてのライトノベル」が誕生・発展したのかを分析するというメディア史の観点から、講談社X文庫を“ライトノベルのメディア史”のなかに置くことにより、その歴史的位置づけを再検証することを試みている。
 講談社X文庫は、『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』などが牽引役を担った1970年代の第2次アニメブームを背景に、若年層向けの文庫レーベルとして登場。当初は「読むと見える」をキャッチフレーズに掲げた上で、アニメや映画といった映像作品のノベライズを数多く刊行し(刊行物は概ね男性向け)、監督、脚本家、翻訳家、タレントなどのほか、新人・若手作家がそれらの執筆を担当していた。
 しかし、1987年にサブレーベルである講談社X文庫ティーンズハートが創刊されて以降は、想定読者を11~16歳の少女に据えつつ、放送作家、ライター、マンガ家、タレントといった即戦力となる多様な人材を執筆作家として確保し、「少女マンガの世界を文字で描いたもの」ともいわれた少女小説を刊行していく。そして、花井愛子、折原みと、小林深雪といった複数の有力作家を輩出し、作品のヒットを重ねながら1980年代後半の文庫市場を席巻した結果、集英社文庫コバルトシリーズ(コバルト文庫)とともに「少女小説ブーム」「いちご文庫戦争」の一翼を担うようになった。さらに、1991年には新たなサブレーベルである講談社X文庫ホワイトハートが創刊され、「ティーンズハートの姉貴分」として高校生~20歳前後の女性を想定読者に展開するなか、少女小説にとどまらずBL小説やTL小説などを刊行し、小野不由美『十二国記』シリーズのようなファンタジー作品もラインナップに加えていった。
 以上のように講談社X文庫は、後発のサブレーベル(ティーンズハート・ホワイトハート)の様相も含めて俯瞰した場合、映像作品のノベライズから少女小説へ、さらにはより幅広いジャンルの小説へと、レーベルの性格を変えながら存続を図っていたことがうかがえる。しかし、これまでの先行研究等では、ティーンズハートやホワイトハートへの注目は見られたものの、サブレーベル創刊以前の講談社X文庫に対する言及が手薄であるなど、「講談社X文庫」の名を冠する文庫レーベル全体の評価や出版史上の位置づけは、検証・検討が不十分な状況といえた。本発表はこの点に鑑み、講談社X文庫の全体像を捉え直すことを目指したものである。
 そして、本発表における調査・分析の結果、講談社X文庫は、文庫市場のトレンドやニーズ(例:ノベライズ・少女小説・ファンタジーの隆盛)に応じて刊行作品や執筆作家を段階的に変化させるという、作家・作品展開のグラデーションを見せていたことが明らかとなった。また、コピーライター出身の花井愛子が若年層(低年齢層・特に10代の少女)を読者として獲得すべく、とりわけティーンズハートを舞台に実践したマーケティング戦略により、若年層向けエンターテインメント小説の「商品化=消費物化」が促進された様相も浮かび上がってきた。さらに、文章の読みやすさや訴求力のあるビジュアル要素の追求など、講談社X文庫が行った取り組みの数々には、若年層の読者獲得を念頭に置いた高い戦略性と積極性が見られたことから、講談社X文庫は「出版メディアとしてのライトノベル」の有力な一源流として評価できると考えられる。ただし、文庫市場のトレンドやニーズに呼応しつつも、新人・若手作家や新たな傾向の作品を発掘する制度の整備は競合レーベルよりも後手に回り、少女小説ブーム下における消費速度の加速も相まって、レーベルの勢力維持が困難になっていた点は大きな問題/課題といえた。