《ワークショップ》「学術出版の現在と未来」(2023年12月2日、秋季研究発表会)

 学術出版の現在と未来

 司会者:  中村 健(大阪公立大学)
 問題提起者:中西秀彦(中西印刷)
 討論者:  秦 洋二(流通科学大学)
       湯浅俊彦(追手門学院大学)

 
1.目的
 学術出版は、現状デジタルと紙の出版物によるハイブリットな生態系を構築しながらも、紙からデジタルに移行が進んでいる。本ワークショップでは、現状を分析し、紙が主体の書籍のビジネスモデルの行方を議論した。ワークショップの進行は、秦洋二氏が学術出版の現状について創元社と京都大学出版会へインタビューを行い、学術出版の特性や流通について分析した。湯浅俊彦氏は、デジタル教科書におけるアクセシビリティの可能性と課題を報告した。中西秀彦氏が書籍の未来図を考えるため、海外の学術出版社が学術雑誌で展開するオープンアクセスを主体とした出版ビジネスモデルをとりあげ、書籍のビジネスモデルの方向性を問題提起した。

2.登壇者の報告概要
・秦洋二
 「学術出版社のビジネスモデル
  ――関西地方の出版社を事例に」
 学術出版物の商品特性としては、紙媒体での流通が中心で電子書籍の割合が低いこと、読者層がある程度限定されること、相対的に指名買いが多く、非計画購買が少ないこと等が挙げられる。
 学術出版は、著者が大学教員等に限定されるため、出版には著者とのコネクションが必要不可欠である。事例企業は関西地方で長年出版活動を続け、一定の知名度を有していることが著者との関係構築とその面での競争優位の醸成に寄与している。出版ジャンルについては、編集者の属人的知識やスキルに左右される部分が大きく、既刊出版物の方向性から大きく逸脱した作品は出版されにくい点が特徴となる。流通面では、検索性が高いオンライン書店との親和性の高さが指摘できる。今後もオンライン書店の流通ルートとしての存在感は高まると考えられるが、紙媒体中心の学術出版にとって、リアル書店の持つ意味は大きく、双方に目配りした流通戦略が求められる。

・湯浅俊彦
 「デジタル教科書の読書アクセシビリティ」
 湯浅氏はデジタル教科書を事例に、フォーマット(PDF)とアクセシビリティ機能の課題を報告した。湯浅氏が示した事例は、授業で使用しているデジタル教科書で読み上げ機能の例である。デジタル教科書はPDFであるため、プリント版と同じレイアウトであり、本文の下に脚注がある。読み上げ機能は、音声は本文を読み上げたのち、一度、脚注の前で沈黙し、脚注を読み上げ、次のページの本文へと移る。PDFのフォーマットによる読み上げでは、読者は、本文の内容が理解できない。現在、デジタル教科書は授業で活用され、紙媒体の大学教科書で、その学びが十分確保できない学生にとっても、アクセシビリティの点から期待されているが、「読書バリアフリー法」に規定された「アクセシブルな電子書籍」導入の観点からすると課題があるため、大学図書館として新たにプロジェクトを立ち上げた。

・中西秀彦
 「学術出版の現在と未来:オープンなサイバー空間へ向かう学術出版」
 学術雑誌は創刊からオンラインのみという雑誌が増えオンラインオンリーに変化しつつある。オープンアクセス(OA)の潮流により雑誌の公開は無料が前提となり、反面雑誌への投稿料が高騰するという事態も起こっている。この変化は読むことに対する課金から、書くことに対する課金への変化であり、営利としての出版の役割を否定する兆候を示している。
 この学術雑誌の潮流をもとに、今後の書籍の学術出版ビジネスモデルは次のように変化するのではないか。出版社が配布機能(印刷・製本・流通)に付随する無駄を排除するようになると、出版社には、企画・編集・オンライン配信機能のみ残り、紙の本(電子書籍も含む)のビジネスモデルからOAを前提とした収益構造へ転換する。この変化の中で、出版社はサイバー発信の随行者となる覚悟が必要であると問題提起した。

3.討議・質疑応答
 デジタルを主とした出版モデルの捉え方をめぐって激しい議論が交わされた。
 会場からは、学問分野によってデジタル化の進展は異なり、人文系でデジタルが主になるにはまだ時間がかかる、という見方が示された。
 秦洋二氏は書籍をスマホやタブレット等のデバイスで読むのは難しく、デバイスの観点から紙の書籍が優位にあることを述べた。それに対して会場から、若い世代はSNSを含めてデジタルでテキストを読むことが中心となっており、若い世代は書籍もデバイスで読むのではないか、という意見があった。ここから読者の読書環境の変化もデジタルへ移行するタイミングを考える上で重要な要素となることが示唆される。
 中西氏は、実務家の視点から、学術出版も現状のPDFではなく、リフロー型にすることや、編集のXML化の意義を述べた。会場からは、ページ概念がなくなり、「引用」の表記に大きく影響がでるのでは、という意見がでた。議論を通してPDFの限界と新たな技術に基づくデジタル版への期待が示された。

(文責:中村健)