今度こそ「電子書籍元年」は本物になるか?  高木利弘 (会報127号 2010年3月)

■ 今度こそ「電子書籍元年」は本物になるか? ―電子書籍端末の課題と可能性―
  (会報127号 2010年3月)

 高木利弘

〈「紙の書籍」と「電子書籍」の主従が逆転する可能性〉
 いうまでもなく,これまで「書籍」といえば「紙の書籍」が主であり,「電子書籍」は従,すなわち副次的な存在と見なされてきた。しかし,この2010年を境に主従が逆転し,「書籍」といえば「電子書籍」が主であり,「紙の書籍」は従となってゆく可能性が出てきた。
 その理由の第一は,アマゾンKindle,アップルiPadに代表される「電子書籍」閲覧に適した情報端末の相次ぐ登場である。「紙の書籍」と比べて遜色のない「携帯性」と「画面サイズ」「読みやすさ」を備えた情報端末の登場によって,「紙の書籍」の優位性が揺らぎ始めたのである。

 第二の理由は,デジタルコンテンツ全体の大きな流れがダウンロード型に集約され,パッケージ型が消滅しつつあることである。たとえば現在,世界最大の音楽ストアであるアップルのiTunes Storeは,米国では映画やテレビ番組など映像コンテンツも扱っている。そして,アプリ販売サイトApp Storeは,2010年1月時点で14万アプリを擁し,ダウンロード数は30億ダウンロードを超えている。
 音楽,映像,そしてアプリ(すなわちアプリケーション)。これらはいずれも,かつては物理的なパッケージで流通していたものである。それが今では,ダウンロード型が主流であり,パッケージ型は補助的なものであったり,希少価値の高いコレクターズ・アイテムの世界にわずかに残るだけの存在となりつつある。「紙の書籍」だけは例外である,ということはできないであろう。
 「紙の書籍」と「電子書籍」の主従逆転が起きるであろう第三の理由は,出版業界の経営的行き詰まりである。今後,出版市場は加速度的に縮小に向かうことは間違いなく,「電子書籍」に活路を見いだすか,あるいは業態転換を迫られるのは必定となっている。

〈「電子書籍」が主になることは出版社にとっても朗報〉
 もし,アップルがiPadを発売し,iBook-storeのサービスを開始すれば,読者は「紙の書籍」と比べて遜色のない「電子書籍」を購入できるようになる。これは,読者にとってばかりでなく,出版社にとっても朗報である。なぜなら,「電子書籍」であれば,在庫リスクも絶版になる心配もない上,印刷コストがかからず,よりスピーディに出版できるようになるはずだからである(アップルの審査にかかる時間と審査基準がどうなるかという問題はあるが)。
 これまで出版社は,「紙の書籍」の売上をできるだけ落とさないようにと,最新刊やベストセラーを「電子書籍」化することをためらってきた。しかし,これからは,「紙の書籍」と「電子書籍」を同時に発売するか,まず初めに「電子書籍」を発売し,その売れ行きを見てから「紙の書籍」の部数を決めるといったようになっていく可能性がある。

〈読書専用端末 vs.パッド型汎用情報端末〉
 さて,こうした「電子書籍」閲覧に適した情報端末には,大きく分けて2つの系統がある。そのひとつの系統は,アマゾンKindleに端を発する電子ペーパーを搭載した読書専用端末である。そして,もうひとつの系統は,アップルのiPadに端を発する液晶ディスプレイを搭載し,タッチインターフェイスで操作できるパッド型汎用情報端末である。
 iPadが発表されるまでは,電子ペーパーを搭載したKindleが先進的に見えたが,iPadが発表されてみると,画面がモノクロで動画を再生することができないKindleが,iPadを凌駕するのは難しいように思われる。kindleは,ペーパーバックのようなテキスト中心の「電子書籍」を読みたいといった「読書好き」には適しているといえるが,カラーで動画再生できることはもちろん,音楽やゲームも楽しむことができ,Webやメール,さまざまなアプリも使えるiPadのほうが,より多くのユーザーを獲得できる可能性が高い。
 電子ペーパーが,「電子書籍」にとって理想的なディスプレイであることは間違いないが,実用化までにはまだまだ時間がかかる未来技術と考えるべきであろう。

〈電子書籍端末の課題と可能性〉
 アップルがiPadを発表した翌週,グーグルもまたパッド型汎用情報端末を開発中であると発表した。アマゾンが,有力なIT企業と組んでパッド型汎用情報端末を出してくる可能性も高い。今後は,こうしたパッド型汎用情報端末が主流となり,「電子書籍」を単に読むだけではなく,手書きで書き込みができたり,「電子ノート」に転記できたり,他のアプリと連携してさまざまなことができるような方向へと発展していくことが予測される。そのためには,著作権問題の解決はもちろんのこと,さまざまなアプリと連携できるように「電子書籍」の仕様をどのように策定するかが重要になってくる。いずれにせよ,「電子書籍」には無限の可能性が開けているといっても過言ではないであろう。

(株式会社クリエイシオン)