文学賞受賞の表示が書籍の購買意欲に及ぼす影響
浅川雅美(文教大学健康栄養学部)
菊地桃華(東京水道株式会社)
岡野雅雄(文教大学情報学部)
本研究では、本の帯や表紙が書籍の購買意欲に与える影響を探る研究の一環として、文学賞受賞の表示が書籍の評価、表紙の好感度および購買意欲に及ぼす影響を、実験的に検討した。
具体的な研究方法としては、全国にモニターをもつWeb調査会社を用いて、予備調査・本調査の2段階でWeb調査を実施した。
予備調査では、2022年10月に、日本全国の6000人(性別・年齢層均等割付)を対象に、a)年間読書冊数、b)本の衝動買いの経験について質問した。この結果を用いて、1年間に1冊も書籍を読まない人を除いたサンプルで、本調査を行うことにした。
本調査では、2022年10月に、上述の条件を満たす240人の被調査者を対象に、芥川賞の受賞表示がある表紙を提示された群(120人)と無い表紙を提示された群(120人)の2群に分けて(性別・年齢層は均等割り付け)、a)書籍の評価、b)表紙の好感度、c)購買意欲などに違いがあるかについて測定した。調査項目は上記a)~c)の他に、消費者特性としてd)佐々木(1988)のRECスケール12項目について、それぞれ5段階評定してもらった。REC スケールは、合理性(下位尺度は実質性・経済性・探索性)と情緒性(下位尺度は依存性・革新性・感覚性)から構成される購買態度の測定尺度である。
調査データを統計的に分析した結果、以下の知見・推察が得られた。
・受賞表示がある場合、表紙よりも、書籍の内容の方が購買意欲に影響を及ぼしていた。「芥川賞」というお墨付きがあるため内容が良いと評価され、これが購買意欲に繋がったのではないかと推察される。
・受賞表示のない場合は、表紙の方が、書籍の内容よりも購買意欲に影響を及ぼしていた。このことから、内容のよさを推察しうる情報(本研究では受賞表示)がない場合、表紙が、購買意欲に比較的強い影響を及ぼすので、表紙のデザインは特に重要であると考えられる。
・RECスケールの中では、消費者特性のうち「依存性」が帯への反応と大きく関係していた。「依存性」は、「買う時にはよく広告しているブランドを買う」と「買う時には店員がすすめるものにする」という2項目で測定される購買態度である。被調査者を、この2項目の合計得点をもとに「依存性」の高い群と低い群に分けて比べたところ、どちらの群においても、受賞表示がある方がない方と比べて、書籍の評価が高くなることが共通して認められた。消費者特性にかかわらず、「芥川賞」というお墨付きが書籍の評価を高くしていることが推察される。
・「依存性」の高い群では、受賞表示がある方がない方と比べて、書籍の評価のみならず表紙の好感度も統計的に評価が高かった。つまり、「芥川賞」という表示があることによって、表紙の好感度も高くなるという一種の「ハロー効果」が認められたことになる。
本研究は、帯の表現要素のうち受賞表示が、書籍の評価、表紙の好感度、および購買意欲に与える影響について明らかにした点に意義がある。しかし、本研究にはいくつかの限界がある。まず、今回は、「書籍の評価や表紙の好感度が購買意欲に及ぼす影響」と、「受賞表示が書籍の評価や表紙の好感度に及ぼす影響」、の二つに分けて分析を行った。今後、これらを合体したモデルの適合度や、モデルを構成する要素間の影響力の強さ(各パス係数)について消費者特性別に明らかにすることが残された課題である。さらに、受賞表示以外の要素(例えば、「ベストセラー」など)について検討すること、および消費者特性として別の尺度でも検討することも必要であろう。
発表後、以下のご質問をいただいた。①受賞表記が商品の購買意欲に及ぼす影響は、他の製品カテゴリーと同じか否か、②芥川賞だけでなく、本屋大賞など、さまざまな有名な賞に対する消費者の反応は時とともに変化していると考えられるので、時系列的に分析すると面白いのではないか、③芥川賞というと小説への賞だが、ジャンル(またサブジャンル)と受賞との整合性を考える必要があるのではないか。それに対し、以下のように回答した:①それについては、まだ体系的に比較できる段階に至っていない。たとえば、本報告では、RECスケールの下位尺度「依存性」の高特性者が受賞表記に対して肯定的な反応を示すことが認められたが、他の製品カテゴリーについている受賞マークにも依存性高特性者が肯定的な反応をするか否かについて明らかにしたい。それに加え、他の消費者特性についても検討して、受賞表記と消費者特性について体系的にまとめてゆきたい。②受賞にもさまざまな種類があり、かつ時代によってもその効果は変わると考えられるため、今後取り組んでいきたい。③今回は、小説を前提としていたが、他のジャンルについても、今後体系的に検討してゆきたい。