《特別講演》
出版業界の抱える課題と改革の方向性
――書店・流通の視点から
近藤敏貴
(出版文化産業振興財団理事長、トーハン社長)
2022年の春季研究発表会では、前年に続いて出版関連団体の代表者をお招きし、出版産業界が抱える課題と改革の方向性についての講演を行っていただいた。登壇者である近藤敏貴氏は、大手出版取次会社である株式会社トーハン代表取締役社長を務めるとともに、2021年より、一般財団法人出版文化産業振興財団(JPIC)の理事長職に就任し、精力的な活動を行っている。
JPICは1991年に設立され、読書推進活動の展開などを行う組織として、「読書アドバイザー養成講座」や「上野の森ブックフェスタ」の運営などを行う団体として知られている。近藤氏は「JPIC自身も多岐にわたる活動を行っているが、出版業界には関連する団体が非常に多く、現在の業界問題について俯瞰した立場から議論をする場がない」と指摘。「出版を産業の視点からとらえて市場を活性化させる、事業を継続させるための議論を行う場を作るために、JPICを活用していきたい」と述べた。
議論のテーマとしては、お茶の水女子大学名誉教授・藤原正彦氏の「書店の崩壊は国力の衰退である」という言葉を引き合いに出し「書店の衰退は一産業の衰退にとどまらず、文化全体の衰退につながる。まずは書店の未来を創るための課題解決を図るべきだ」とし、書店経営者、出版社、取次会社ほかで構成される「特別委員会」を2021年12月に設置したことを紹介。「書店収益改善施策の推進」「読書推進と店頭活性化」「書店員の人材育成と労働環境改善」の3つの柱を議論のテーマにすると述べた。なお、日本出版学会は、当委員会に名を連ね、研究者の視点から当委員会に参加している。
また、この委員会を設置した背景として、近藤理事長は2019年にトーハン社長としてドイツの出版業界視察を行ったことを挙げ、ドイツの中心的出版業界団体であるドイツ図書流通連盟(BDB)のことを紹介。「積極的なロビー活動」「業界統一の書誌データベース運営」「編集や流通、店舗経営を学べる専門学校(メディアキャンパス)運営」「国際ブックフェアの運営」といった活動内容に触れ、「ドイツでは行政・政治家も出版や書店の重要性を掲げている。日本でも出版業界で『ワンチーム』となって課題解決にあたることが重要だ」と説いた。
そして、「出版界の課題解決のために日本出版学会に求めること」として、近藤氏は「出版業界では、改革を行うための議論や計画を立てる土台となる『調査・研究活動』があまりにも乏しいと考えている。今後政治・行政のほうへロビー活動を行うためには、確固たるエビデンスが必要」と述べた。そのうえで「すぐにでも取り組みたい課題」として「諸外国の出版・書店関連制度に関する調査研究をしていきたい」とし、「韓国では『出版文化産業振興法』の制定や、地域書店活性化のための支援事業が制定されていて、出版や書店を守ろうという意識が強い。また、フランスではEC配送料を巡る法整備(反amazon法)や出版物への軽減税率適用などが行われている。日本も政治・行政に働きかけるにあたっては、海外の事例を具体的に示すことが必要である。今後は『産・官・学連携』で、業界再発展への道筋を描いていきたい」と主張した。
この講演を受け、富川淳子新会長は、ご自身の実家が書店経営をしていたことにも触れつつ「書店復活というテーマはとても重要。今後も調査研究等には積極的に関わっていきたい。また、学会で行っている研究発表や学生とのワークショップなどを書店様と一緒に行うなど、さまざまな関わり方を今後提案していきたい」と述べられた。
質疑応答では「書店が経営危機に陥った要因としてamazonを始めとするネット通販が大きいことは間違いないのでは。それに対する対策をどう考えるか」という会場からの問いに対し「amazonも出版社や取次会社から見れば取引先の一つであり、敵とは思っていない。しかし、書店の立場から見るとamazonは“宅配料無料”を前提とするなど、明らかに競争になっていないのではないか」と近藤理事長は答え、先に挙げたフランスの「反amazon法」を引き合いに出して「せめて公平な競争となるような環境づくりは考えていくべき」と答えた。また、「古書店をどうとらえるか」「書店の収益源の変化に対する対応策」「他出版団体との今後の関係性について」といった質問も挙げられた。
2020年度より、塚本晴二朗前会長のもと立ち上げた「産学連携推進プロジェクト」は、JPIC特別委員会への参加という形をもって、ひとつの活動の方向性が見えてきた。出版業界団体と連携した活動を推進していくことについて、当学会会員の皆様の積極的なご参加をお願いするとともに、今後の活動の方向性などについてもぜひご指導・ご意見をお願いしたい。
(文責:梶原治樹)