「江戸の実用書「小謡本」の編集」原八千代(2020年9月12日、春秋合同研究発表会)

江戸の実用書「小謡本」の編集
――蔦屋・鱗形屋の方法

 原 八千代
 (法政大学大学院人文科学研究科博士後期課程)

 
 江戸時代は出版の時代である。今とは異なる方法で本はつくられ、売られており、版元の実態も不明なことが多いが、本づくりにおいては今につながる版元の人々の工夫があったと思われる。彼らはどのように本の編集をして、またどのように時代に対応していたのであろうか。今回は、江戸の実用書「小謡本」の編集に着目して、江戸後期の代表的版元、蔦屋・鱗形屋の本づくりの方法について考察した。
 
実用書「小謡本」の特色
 小謡本は、江戸時代を通じて250を超える版元から出版されていた。今に残る小謡本だけでも400種以上あり、膨大な量が刊行されていたと思われる。江戸時代、能や謡曲は武家だけの教養ではなく、謡曲は庶民にも大変親しまれており、小謡本は寺子屋の教科書でもあった。小謡本は家元からの制限がなく自由に発行できたため、多くの版元が出版に参入できた。そして小謡本は、今でいう編集部編のような版元自らが作成する実用書であった。ほぼ決まった小謡を順番に並べただけの本ではあるが、版元独自の創意工夫もなされ、小謡本には版元の個性が表れている。それゆえに小謡本の研究においては、類似の内容や形式で相互比較が可能となり、そこから小謡本の系統、版元の性格や関連性が割り出せる。
 江戸での小謡本刊行は、安永・天明(1772~1789)頃から、地本問屋という大衆的な読み物や浮世絵を刊行した版元が中心となるが、この時代に命運を分けたのが蔦屋と鱗形屋である。新進の蔦屋が勢いを増す時代、老舗の鱗形屋は廃業を余儀なくされたのである。両者の小謡本を比較すると、その本づくりに顕著な相違が浮かび上がる。
 
老舗・鱗形屋の小謡本
 鱗形屋は、江戸時代初期からの老舗版元である。挿絵入りの古浄瑠璃本や子ども向けのお伽噺の絵本などを刊行して、大人から子どもまでが楽しめる本屋として江戸の人々に大変親しまれていた。また鱗形屋は、今のコミックの元祖ともいえる絵入小説「黄表紙」を創始した版元として著名で、表紙に「絵題簽」という色刷の絵入題簽を付けるなど、本づくりのアイディアが豊富な版元でもあった。
 鱗形屋の小謡本は8種あるが、どれも伝統を大切にする編集方針がとられ、丁寧な本づくりがなされている。例えば、改訂版が安永5年(1776)まで出された『新版/当流小謡』(1752)では、前版の頭書の能面図の誤りを典拠に添って改訂したことや、番外曲(稀曲)や短い小謡が流行した時代であるのに、番外曲を少なく従来の小謡を多くしたことなどに、伝統に従った質のよい本づくりへの意図が感じられる。「鱗形」は能の曲名でもあり、謡本も古くから刊行する鱗形屋にとって、そのような本づくりは老舗としての矜持だったのだろう。鱗形屋が始めた頭書能面図入の形式や大型題簽は多くの版元に模倣され、鱗形屋の小謡本は江戸の小謡本の規範となっている。

蔦屋の小謡本の新しさ
 蔦屋は、浮世絵や黄表紙などのベストセラーを次々刊行した有名な版元である。蔦屋の小謡本は2種であるが、最初の小謡本『童宝小諷揃千秋楽』(1783)は、様々な要素が入った一冊に仕上げられている。この小謡本の刊行は、蔦屋が新吉原から日本橋に出店する2か月ほど前であり、前年には謡本も刊行しており、出店のための品揃えの一環であったと考えられる。この小謡本には、口絵・目録・本文、そして奥書までも、時代の先端をいく工夫がなされている。挿絵には流行の絵師を用い、口絵や目録には洒落たデザインを施し、本文書体も細身にし、小謡も時代に合わせた番外曲や短い曲を入れたものにするなど、新しさに焦点を合わせた編集方針が見られる。だがその反面、目録の曲数が実際と違い、曲目のヌケがあり、また口絵にもミスがあり、本文には曲のダブリがあるなど、編集技術においては正確さを欠くものとなっており、謡曲の知識がないこともわかる。出店のための急ごしらえであったかもしれないが、早くつくって広く売るという蔦屋の販売戦略を実現した編集ともいえるだろう。
 
時代をとらえるのか、よいものを残すのか
 小謡本の編集方針・編集技術において対照的な蔦屋と鱗形屋であった。どちらも正しい在り方だが、蔦屋は一世を風靡する版元となり鱗形屋は消えていく。何がよくて、何が悪かったのか。この時代は、浮世絵の発達によって文字文化から視覚文化へとメディアの変革が起こった時代で、大きく価値観が転換する。蔦屋は時代に合った新しい感覚を取り入れた編集でその波に乗り、鱗形屋は伝統や正しさをもとめる編集の重さが足かせとなり波に乗れず、それが廃業へと拍車をかけたのであろう。しかし、鱗形屋の小謡本は百年後の幕末に復活し、上州屋政二郎らが次々覆刻するのである。
 新たなメディアの変革期である今、我々は時代にどのように立ち向かえばよいのであろうか。