■ 出版振興政策と著作権法改正論議にみる出版社の役割 (会報122号 2008年10月)
植村八潮
本年度の研究発表第2 分会は,翌月に控えた第13 回国際出版フォーラムにおける日本側発表者のプレ発表として位置づけられた。5 人が五つのテーマ(政策,産業,経営,国際交流,読書)に沿ってそれぞれ研究発表を行った。本発表は,このうち「政策」をテーマとしたものである。
主催者である韓国出版学会が「政策」をテーマの一つとして取り上げたのは,近年に韓国政府により出版産業振興策が積極的に打ち出されていることが背景にある。日韓中三カ国の出版政策を比較することで,課題の共有と今後の展開に対してヒントを得ようという意図と思われる。このようなことから,本発表の意図は報告者の予備的研究発表というより問題意識を中心に国際交流の観点から日本の現状報告と問題提起にある。
発表においては出版産業を成立させてきた基盤である技術的側面と社会制度的側面の二つのうち後者に着目することとした。日本の「文字・活字文化振興法」制定に至る動向を紹介し,さらに比較の観点から韓国における出版振興政策をとりあげた。
次に最近の日本における著作権法改正動向を紹介した上で,著作物流通において出版社が果たしている役割について検討した。デジタル・ネットワークによる著作物流通量の急速な増大と読書環境の変化を視点とし,出版のデジタル化における課題として公的デジタルアーカイブが出版活動に及ぼす影響を取り上げた。
情報の生成,複製,流通,販売を一つのサイクルとすれば,出版社は,印刷複製技術と物流による流通頒布を基盤とした上で情報の生成加工を行っている。このサイクルは原則として税金や国庫補助のない出版界と読者のコスト負担により運営されている自立的システムである点に特徴がある。歴史的にさまざまな紆余曲折はあるものの,今日において「表現の自由」を確保する上で,時の権力者,為政者の影響を排除した,国民によって支えられた「自立的情報流通システム」である。
また,図書流通において図書館が担ってきた「蓄積」は,このサイクルにおいて「販売」とは別の複線を形成している。図書館が国民の「知る権利」の窓口を確保するために果たしてきた役割は大きく,今後とも変わることはない。
つまり著作物流通は,出版と図書館という民と公の役割分担によって「表現の自由」の確保と「知る権利」の担保によって二重に支えられた情報流通システムということができる。ただし,日本における公共図書館は公立図書館であり,「官」による運営であることを指摘しておきたい。日本においては公共(public)セクターが未成熟な結果, 官(government) と民private)という社会構造となっている。
その上で,インターネットで利用できるデジタルアーカイブは,従来の図書館が果たしてきた「蓄積」を意味するものではない。ネット上にアーカイブされることは,運用によっては誰でもが自由に情報を入手できることになる。つまり図書館活動の延長上にあるデジタルアーカイブは,ネットを利用した流通システムでもある。紙ベースの学術情報流通では,互いに相手を補完する存在として活動してきた出版界と図書館であるが,役割分担の見直し時期を迎えたともいえよう。もちろん,著者の知的生産活動や出版システムを成立させるためには,なんらかの利用制限か補償金制度の導入が必要となる。最後に日本においてデジタル出版のための補償金制度の導入について韓国や諸外国の政策をふまえ提言した。
出版不況下で国家の出版振興政策が求められてはいるが,経済的利潤追求だけが目的ではない。さらに,何よりもそれが出版を管理し阻害させるものであってはならないし,出版活動も国家の政策に依存するものであってはならない。
質疑応答では,韓国における「出版産業振興法」と著作権法についてご教示いただいた蔡星慧会員から補足意見をいただいた。
(初出誌:『出版学会・会報122号』2008年10月)
なお,「春季研究発表会詳細報告」(pdf)がご覧になれます。