本間理絵
(NHK出版)
本研究は,「近代メディアミックスの形成過程――春陽堂書店とラヂオドラマ研究会との連携を中心に」(『出版研究48』)の続編である.
前著では,戦前の日本におけるメディアミックスの第一段階を,明治40年代に始まった「新聞連載小説の映画化」,第二段階を大正14年(1925)のラジオ放送開始を機に始まった「小説のラジオドラマ化」と捉えて考察した.
本研究では,戦前のメディアミックスの第三段階を「出版の音楽化と音楽出版」と捉え,それがどのように形成され,その中で出版社がいかなる役割を果たしたのかを『日本レコード文化史』(2006)等による調査研究及び出版各社の事例研究により考察する.なおメディアミックスとは,「複数のメディアに同一の素材を展開していくこと」(大塚英志,2012)である.
先行研究には,メディアミックスの仕掛け人や媒体について論じた佐藤(2002),志村(2013),音楽と戦争の関係を論じた戸ノ下(2008)等がある.
「出版と音楽とのメディアミックス」は,昭和初期に「文芸小説の映画化作品の主題歌のレコード発売」という形で始まった.この時期はレコード会社が次々と設立され,レコード音楽が庶民の娯楽となり始めた頃にあたり,出版界は円本ブームと大衆小説ブームに沸き,映画界はサイレントからトーキーへの移行期で,文芸小説を原作とした文芸映画が流行していた.
「出版の音楽化」の嚆矢は,菊池寛の小説『東京行進曲』(雑誌『キング』昭和3~4年連載)の同名映画主題歌と,長田幹彦の小説『祇園全集・絵日傘』(玄文社大正8年刊)の映画主題歌『祇園小唄』である.『東京行進曲』のレコードは30万枚のヒットとなり,『祇園小唄』のヒットに乗じて長田の小説『祇園小唄』『祇園夜話』は累計117万部(昭和28年当時)を売り上げた.
第三段階のメディアミックスの第一の特徴は,出版社・映画会社・レコード会社の連携による「タイアップ型メディアミックス」である.「スターが生まれる」「流行歌が出来る」という音楽レコードの効用は,大衆小説や映画,ラジオと親和性があった. 第二の特徴は,菊池寛や長田幹彦のようなマルチタレント的な仕掛け人が登場したことであり,第三の特徴は,大掛かりなタイアップによりメディアミックスの相互作用が増して,大ヒット作品が生まれやすくなったことである.
「出版の音楽化」を積極推進したのは,大日本雄弁会講談社(以下講談社)と主婦之友社である.自前のレコード会社を持つ講談社は,田河水泡の漫画「のらくろ」(『少年倶楽部』昭和6年連載)の映画主題歌をシリーズで発売,川口松太郎の『愛染かつら』(『婦人倶楽部』昭和12年連載)の映画主題歌「旅の夜風」は80万枚の空前の大ヒットとなった.
一方,主婦之友社は,『主婦之友』の読み物「小唄勝太郎の愛情綺話」(昭和7年)を映画化し,映画主題歌「島の歌」が90万枚(昭和27年までの累計)の記録的なヒットとなった.
こうしたメディアミックスの相次ぐ成功に目をつけた国や陸海軍は,日中戦争以降,出版社など複数のメディアに軍歌や愛国歌をタイアップさせて,戦争プロパガンダに積極利用してゆく.そうした動きは,「出版と音楽のメディアミックス」のもう一つの試みである「音楽出版」にも及んだ.
戦前の「音楽出版」は「楽譜出版」を意味しており,日本放送出版協会(NHK出版の前身)が積極推進し,ラジオの普及とともに学校教育の場で発展した.
昭和6年より語学テキスト等を刊行していた同社は,昭和11年に音楽番組「国民歌謡」(「みんなのうた」の前身)の楽譜集としてラジオテキスト『国民歌謡』(月刊・1936-1941,全78冊発行)を創刊する.同番組は大々的な公募懸賞や映画化・レコード化により広く国民に普及していた.当初は「愛唱歌」の楽譜集であった同誌は,日中戦争以降に番組が「愛国行進曲」「爆發点盧溝橋」(昭和12年8月23日放送)などの軍歌・戦時歌謡路線に舵を切ると,急速にプロパガンダ色を強めていった.
また同社は「吹奏楽と軍歌」「軍国流行歌」などの軍歌特集番組の楽譜集『放送軍歌集』(1937-1938,全3巻・各巻10曲全30曲)も出版している.ピアノ譜と歌詞で構成され,開戦の高揚感を盛り上げるために戦争初期に集中して刊行された.これらの音楽出版には,学校教材としての使用により,地域や学校で繰り返し歌わせ,演奏させることで少国民を啓蒙させる目的があった.
このように「出版の音楽化」は,映画,ラジオ,レコードといった複数のメディアによる官製タイアップ型のメディアミックスとして日中戦争時に本格化し,太平洋戦争時に継承されていったのである.