清水一彦
(江戸川大学教授)
まずデジタル時代の編集人材の需要を概観した。デジタル・コンテンツ供給業者でもある出版での編集人材の需要は底堅い。しかし,印刷物の売上が長期に低落するなかで,社内教育のコストは圧縮せざるをえない。主要出版社でもすでに積極的に経験者採用をおこない,中堅以下出版社では経験者採用が主流となって久しい。即戦力になる人材をもとめているのだ。
編集人材の供給元として,本発表では大学新卒者について論をすすめた。橘木俊詔は日本の教育格差を,(a)名門ブランド大学卒(含む大学院卒),(b)ふつうの大学卒(含む短大),(c)高卒と三極化してとらえている。本発表では(a)(b)を社会におくりだす大学をそれぞれ(a)大学(b)大学とする。いままでは出版教育を受けなくても,文化・経済・学力資本の総量が突出した(a)は出版社へ入社でき,(b)にとっては狭き門だった。
しかし出版状況の変化で,(a)もいままでのように安易に出版社には採用されにくくなり,その半面,編集能力が身についているなら(b)でも出版業界で職を得るチャンスがでてきた。出版業界,学生の両方のニーズに対応するためにも,大学での出版教育は変化を迫られているといえよう。しかしそもそも大学での出版教育についての概念はさだまっているとはいえない。そこで本発表では,大学での出版教育を以下の4パターンに集約した。
(1)出版研究教育
出版を研究対象として,また思索の対象である文化装置として論考する。教員は,変革期にある出版の「こうあるべきだ」という理念的な教育姿勢をとることもできる。大学院ではアカデミックポストに就ける可能性を提供する。編集人材の供給という観点は弱い。この教育は,(a)大学でしか成立しないだろう。
これにたいしては,以下の課題がある。
・出版学自体の体系が明確ではない。
・出版学のアカデミックポストはすくないので,研究者としての出口戦略がみえにくい。
・出版業界から,出版を「学問」として研究することへのニーズが希薄である。
(2)出版専門教育
(1)出版研究教育での教育内容もとりいれるものの,教育の主目的は出版業界に就職できる可能性を学生に提供することであり,知識と実務・実技を組みあわせて実践的に教育する。
これにたいしては,
・大学での出版実務教育の実効性にたいする懐疑論。
・大学とは,人格形成の場であり,就職教育をするところではないといった理想論からの嫌悪。
・短期大学に本格的な出版専門教育プログラムがあっても,出版社から短大卒への求人はきわめてすくない。
などの課題があるものの,出版専門教育を受けた(b)が編集者として出版社へ就職している実績がある。出版をめざす(b)大学の学生ニーズを満たす教育といえる。ただし,実際に出版専門教育をおこなっている大学はすくない。
本発表では,(2)の一例として,筆者が所属する江戸川大学マス・コミュニケーション学科の出版専門教育で学生が制作した64ページのムックのサムネイルをしめした。
(3)出版を教材としてつかう教育
記事作成や企画立案など出版行為のシミュレーションをコミュニケーションや企画力,人格形成などの教育をするさいの教材としてつかう。将来の職業の選択肢としての出版という観点は希薄である。(b)大学でおこなわれている例がある。
これにたいしては,以下の課題がある。
・出版行為はあくまで教材としての位置づけになってしまうので,はたして出版教育といえるのか。
・どうやって教育成果を評価するのか。
(4)教養としての出版教育
一般教養科目としての出版概論である。
(a),(b)両大学でおこなわれている。
これにたいしては,以下の課題がある。
・出版業界に詳しいからという理由だけで業界からの非常勤講師を採用したばあい,業界話に終始し学問としての意味合いが希薄になる。
以上のように,デジタル時代になっても,出版編集人材への需要はある。いままでは,出版教育の有無を問わず(a)名門ブランド大学卒の学生が出版社への人材供給元であった。しかし,出版環境が変わったことで,今後は(2)出版専門教育も編集人材需給の両側面から意味をもつことになるだろう。