第17回 国際出版研究フォーラム発表「“ネットファースト型”の出版企画についての事例報告」堀鉄彦

“ネットファースト型”の出版企画についての事例報告

堀 鉄彦
(電子書籍を考える出版社の会フェロー,
 出版・著作権等管理販売研究会顧問,
 ホリプランニング(HoriPlanning)代表)

 ネットワーク化の進展やモバイル端末の普及により,ネットのコンテンツを基にした出版企画の比重が高まっている。
 たとえば日本で人気のWeb小説の投稿・閲覧プラットフォームに「小説家になろう」というサイトがある。このサイトは月間PV(ページビュー=閲覧回数)が10億以上,ユニークユーザー(訪問者数)は400万人以上に達している。
 書籍のヒット作も続々生まれており,このサイトに掲載された「魔法科高校の劣等生」はシリーズ累計700部を超え,他にも100万部を超える作品が目白押しだ。
 出版社が直接プラットフォームを運営する動きも目立っている。ネットの力を活用して企画を立案,紙の書籍でヒット作を連発する「ネットファースト型」出版社も相次ぎ登場している。読者属性,閲覧動向など,出版企画に必要な情報の取得が難しい紙媒体の欠点を補う形で,デジタルプラットフォームが機能し,分野によってはなくてはならないものとなっている。

ネットファースト出版の代表アルファポリス

 ネットファースト型出版社の代表的な成功例が,小説,コミックの出版社であるアルファポリスである。
 アルファポリスは作品投稿サイト「アルファポリス 電網浮遊都市」を運営する。同社は企画をこのプラットフォームで選び,出版化する。ユーザーの年齢・性別といった属性に関する情報を駆使してウェブ上に投稿された作品を紹介・レコメンド・ランク付けするシステムも運用。どの作品がどういう層にうけているかといった情報も取得し,企画に生かしている。
 ネットでの評価を基にした紙雑誌企画の事例が2016年3月に創刊号を発売した雑誌『MERY』である。
 『MERY』は,ファッション分野の「専門ジャンル特化型」キュレーションメディア発の雑誌である。同名のキュレーションサイト「MERY」は,2016年1月のページビューが4億というユーザー基盤をフル活用して人気コンテンツの傾向を分析,デジタルと紙の企画決定に生かしていた。
 「MERY」は投稿ライターが他のサイトに掲載されていた記事を無許可で利用していた実態が明らかとなり,現在運営を休止中。一方で2017年1月には講談社が自社コンテンツを中心としたキュレーションメディア事業を発表するなど,キュレーションメディアではコンテンツの権利を直接持つ出版社側からの動きが目立ち始めている。
 今後重要となってきそうなのは(1)出版ビジネスの専門家や関係者が参加するBtoBの評価システム(2)出版企画を想定しないコンテンツまで含んだ形で出版の可能性を評価できる全分野評価システムだろう。
 (1)については米国で数年前から運用されている「NetGalley」というシステムがおもしろい。NetGalleyは,出版社がブロガー・図書館関係者などに書籍のPRをするためのBtoB型SNSサイト。発売前の書籍コンテンツ(紙と電子を含む)を業界内のキーマンで共有しながら,企画を修正したり,出版前に評判を盛りあげるのに使われている。米国では400社以上の出版社と20万人以上の出版関係者が参加し,運用されている。
 (2)の事例としては,日本のクラウドソーシングサービス大手企業であるランサーズが運用する「Quant(クオント)」がある。クリエイター別にコンテンツの価値をネット上での実績に基づいて数値化/可視化するシステムだ。
 ネットのコンテンツと出版コンテンツの境目は急速になくなりつつある。出版企画にもネット同様「PLAN」「DO」「CHECK」「ACT」のPDCAサイクルを回しながら見直すという仕組みが必要となってくるだろう。紙であろうと電子であろうと,ネットと一体となった出版企画のワークフロー確立が重要だ。

参考資料・文献
1)「セミナー 小説投稿サイトの現在」ITmediaBusiness 2016.7.15(http://bit.ly/2cRbDWF
2)堀鉄彦 文化通信連載「生まれ変わる出版プラットフォーム」2015~2016
3)飯田一史『ウェブ小説の衝撃』筑摩書房,2016
4)出版デジタル機構資料