田中光則
はじめに
「書物は装幀によって記憶される」とは,紀田順一郎氏の至言である。
1966(昭和41)年,「出版・印刷・製本産業の向上発展を目的」に一冊の本(書籍)の造本,装幀,印刷,製本を総合的に審査し顕彰する「第1回造本装幀コンクール展」が開催され,昨年(2016年)第50回を迎えた。出版業界挙げての公募によるコンクール(主催:日本書籍出版協会・日本印刷産業連合会)であるが,その変遷と役割はほとんど知られていない。電子書籍の時代を迎えて〝紙の本〟が厳しい状況に置かれている現在,造本装幀の役割はますます重要性を増している。この機会に,前史を含めた本コンクールの変遷を明らかにし,今後の造本装幀(史)研究に資するよう,まとめておきたい。
1.造本装幀コンクール展 前史
美術史家の匠秀夫(1924~1994)は,戦後の装幀の歩みを考えるとき「博報堂が開設した装幀相談所の活動を想起する必要があろう」「それは…装本美術の向上に生涯をかけた,恩地孝四郎の活動を回想することであり,またこの装幀相談所の主要事業で,以後五回まで続いた装幀美術展の趣旨を発展・継承したのが,造本装幀コンクール展であろうからこの展覧会の足跡も記憶されるべきことであろう」と指摘している(注1)。
装幀相談所は1949(昭和24)年1月に設置され,所長は評論家の新居格(1888~1951),副所長は版画家・装幀家の恩地孝四郎(のち,所長。1891~1955),事業内容は装幀相談,装幀家の推薦,年1回の装幀美術展の開催,年次装幀美術賞の選定などであった。第1回の装幀美術展は1949年4月に日本橋三越本店で開催され,1953年の第5回展まで続いた。
その10年ほど後の1965年頃,日本書籍出版協会(書協)で10周年記念行事の一つとして〈造本装幀コンクール〉が検討されたが見送られた。しかし,直後の1966年に印刷時報社主催・博報堂の協力により第1回が開催され,書協は3年後(第4回)には主催者の一翼を担うことになる。本展は標語や募集・審査方法,審査員の構成など,ほとんど「装幀美術展」を踏襲しており,匠秀夫の指摘どおり「造本装幀コンクール展」は「装幀美術展」の趣旨を「発展・継承」している。
2.「50回史年表」を作成して明らかになったこと
第1回から3回までの「紙上展示」掲載誌と第4回のパンフレットのコピーおよび第5回以降のパンフレットが,幸いにも日本書籍出版協会に保存(おそらく唯一の全冊揃と思われる)されていたので,これらの資料,関係者の証言などをもとに詳細な「年表」(省略)を作成した結果,3つの転換点と5つの推進力が浮き彫りになった。
2.1 3つの転換点
(1)主催者の交代
1966年,第1回が印刷時報社主催・博報堂の協力により開催(紙上展示のみ)された。第2回は同前。第3回は日比谷図書館・日本印刷工業会の主催となったが,第4回(1969年)からは日本書籍出版協会・全国製本組合連合会・日本印刷工業会の主催,文部省・通商産業省・東京都教育委員会の後援となり,現在の原型ともいうべき形となる。
(2)展示会場の変更
1992年(第27回)から,「読書週間」の一行事として百貨店や書店等で開催されていた展示会が「東京国際ブックフェア」(TIBF)の会場内へと移り,第28回以降はTIBFの併催行事と位置づけられる。より広い人びとに向けた展示会となりアピール度が高まった。
(3)審査方法の改革
「審査の精度」「信頼と認知」を高めるために,2003年(第37回)から5次にわたり審査方法が改定され(選考責任の明確化,印刷・製本専門アドヴァイザーの導入など),本コンクールへの信頼度が増した。
2.2 5つの推進力
(1)「世界で最も美しい本コンクール」への出品
1970年(第4回)以降,入賞作品が日本を代表してライプツィヒの「世界で最も美しい本コンクール」へ出品され,また,多数の入賞実績により本コンクールの評価を高めた。
(2)印刷博物館との連携
2006年,印刷博物館が「造本装幀コンクール第40回記念展 日本とドイツの美しい本2005」を開催し,両国の入選作品を展示した。2008年からは「世界のブックデザイン」展へと発展し,本コンクールの認知度アップや質的向上に貢献した。
(3)国立国会図書館の〈原装保存コレクション〉
2013年,国立国会図書館が〈原装保存コレクション〉(平成25年度から)を開始(
注2)。「出版文化史上,あるいは造本・装丁上意義があり,将来に示唆を与えると考えられる国内刊行図書」を保存することになり,当面は本コンクールへの出品作品のみが保存対象となる。画期的な施策であり,応募動機としても極めて大きい。
(4)後援官庁,団体の継続的支援・協力(官庁は賞,団体は賞と運営費の一部拠出)
(5)協賛会社・団体の協力(協賛金の拠出と事務局を担当)
おわりに
書店で思わず手にしてページを開く。“紙の本”の魅力は何といっても手触りにあり,その未来は造本装幀にかかっているといっても過言ではない。造本装幀については,これまで主として印刷,製本,製紙などの技術との関係から,あるいはデザイン・美術(史)面から論じられてきたが,編集・販売・宣伝など出版の側からのアプローチも必要ではないかと思う。本論がそのきっかけになれば幸いである。
注
1)匠秀夫「戦後の装幀の歩み――装幀美術展のことなど」,「第10回造本装幀コンクール展パンフレット」所収(1975年)
2)「紙や印刷技術,そして時代を反映する意匠を後世に伝える,本という三次元の物体の記録として伝承していきたい」としている。(大塚奈奈絵「図書資料の原装保存について」『国立図書館月報639号』(2014年6月)所収)