司会者・問題提起者: 矢口博之(東京電機大学)
討論者:
鷹野凌(フリーライター/NPO法人日本独立作家同盟)
堀鉄彦(ホリプランニング)
梶原治樹(扶桑社)
1.はじめに
本ワークショップでは、電子出版物の「定額制読み放題サービス」が既存産業に与える影響から、今後の産業全体に広がる変化に至るまでを議論した。当日は討論用の資料を60部準備したが、その大部分がなくなるほどの参加者を迎え盛況であった。ご参加いただいた会員の皆様にはこの場を借りてお礼を申し上げたい。
討論は、まず問題提起者である東京電機大学の矢口博之氏が、テーマの概要について説明し、文化通信社と共同で実施した「2016年出版社電子書籍化調査の概要」より、出版社の定額制読み放題サービスへの対応実態について報告を行った。続いて、フリーライターで日本独立作家同盟の鷹野凌氏より、「読み放題サービスのあれこれ」と題し、おもな読み放題サービスの状況に関する報告があった。つぎにホリプランニングの堀鉄彦氏より、「定額制読み放題サービスの現状─米国の状況+特定分野向け」と題し、米国Amazon社の状況、日本における法人・子供向け読み放題サービスとそのビジネスモデルについての報告があった。最後に扶桑社の梶原治樹氏から「『読み放題サービス』はどう報道されてきたか」と題し、「新文化」デジタルアーカイブから定額制読み放題サービスの課題、問題点について分析した結果を述べてもらった。その後、定額制読み放題サービスの影響、今後の出版産業に予測される変化などについて討論を行った。
2.読み放題サービスのあれこれ
鷹野凌氏からは、読み放題サービスの現状について報告してもらった。まず日本における読み放題サービスを「物理―電子」と「無料―有料」の2軸で整理し、それぞれの特性と現状、具体的なサービスの状況についての説明があった。特に本ワークショップの主要な関心領域である(電子・有料)の定額制読み放題サービスについて、具体的なサービスの実態、特性と課題などについて網羅的な分析が示された。特に当日配布された資料には、30以上もの読み放題サービスについて、サービス名、運営企業、月額料金、対象端末、登録書籍・コミック・雑誌数など、詳細な情報が網羅的に記載されており、これは現状の「定額制読み放題サービス」に関する重要な資料と位置付けることができるものである。
3.定額制読み放題サービスの現状─米国の状況+特定分野向け
堀鉄彦氏からは、読み放題サービスが日本よりも先行して展開されてきている米国の状況について、Amazon社におけるサービスを軸に報告があった。米Amazon社では、Kindle Unlimited以外にも読者層と対象書籍の種類が異なる複数の読み放題サービスが展開されており、さらに有料のAmazon Prime会員契約でも一定数の電子書籍が読み放題となっていること。さらに米Amazon社のビジネスモデルの変遷、 Amazon社以外の読み放題サービスの現状について報告があった。日本の読み放題サービスについては、法人向け、子供向け絵本のサービスについての紹介があった。特に子ども向け定額制読み放題サービスについては、今後その実態やユーザの状況について明らかにしていきたいと考えている。
4.『読み放題サービス』はどう報道されてきたか
梶原治樹氏からは、電子出版物の定額制読み放題サービスが、紙の出版物を手掛ける出版業界の中でどんな捉えられ方をしているか、について出版業界専門紙「新文化」のデジタルアーカイブより、記事の本数や内容等を調査した結果の報告があった。梶原氏によれば、「読み放題」で抽出された記事が91件、そのうち「dマガジン」を除く「雑誌読み放題サービス」の記事は42件であるので、「dマガジン」に関する注目度が伺える結果である。
「読み放題」で検索された記事には、小売り・流通サイドの意見として、電子雑誌読み放題サービスの影響により「紙の雑誌が売れなくなる」ことの危惧に関するものが多く見られた。また出版社サイドの意見としては、売り上げの減少に加え「雑誌のブランドが保てない」ことを危惧する意見も見られた。しかし雑誌の定額制読み放題サービスの影響と効果については今後の課題であり、読者調査に基づく分析と議論が必要ではないかとの提言があった。
5.まとめ
各パネラーからの報告に続き、定額制読み放題サービスが既存産業に与える影響、今後の産業全体に広がる変化、サービスが普及することで作り手である著者のコンテンツの制作手法、マーケティング手法、読書スタイルがどう変化するか、などについてディスカッションを行った。消費者にとってはメリットが大きいが、コンテンツ提供者からは不安視する見方も広がっているなど、それぞれの立場で違った見方、意見があるのが定額制読み放題サービスである。3人のパネラーから提供された情報量も多く、90分という限られた時間の中では、フロアとの活発な議論ができたというところまでには至らなかったが、本ワークショップを通じ「定額制読み放題サービス」について充実した情報、意見の交換ができたものと考えている。
(文責:矢口博之)