「ウクライナ憲法における表現の自由」田上雄大(2017年5月 春季研究発表会)

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ウクライナ憲法における表現の自由


田上雄大
(日本大学法学部助教)


 ウクライナ憲法においても,多くの国々の憲法と同様に,表現の自由が保障されている。ウクライナ憲法三四条には表現の自由に相当する言論の自由が規定され,そのなかで「法律の留保」も規定されている。具体的には,「暴動若しくは犯罪行為の防止のため,公衆の健康維持のため,他者の信用若しくは権利の保護のため,機密情報漏洩防止のため又は司法権の権威及び公平性の維持のために」,「民族国家の安全,領土保全又は公の秩序を利益とする法律」でもって,言論の自由を法律でもって制約することが可能であるとしている。また,ウクライナ憲法の人権規定が,部分的に,国際人権規約や欧州人権条約を参考にしていることから,三四条の条文も,国際人権規約や欧州人権条約に類似した箇所が見受けられる。同法三四条は,国際人権規約の市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約,B規約)一八条及び欧州人権条約一〇条を参考にしている。

 ここで,この言論の自由の規制に関して問題となるのが,通称「反共産主義法」こと「ウクライナにおける共産主義的及び国家社会主義的(ナチス的)全体主義体制に対する非難並びにその象徴によるプロパガンダに対する禁止に関する」ウクライナの法律である。この法律は,共産主義的及び国家社会主義的全体主義体制による犯罪の再来の禁止や民族国家たるウクライナの安全に対する危険の除去を目的としており,共産主義的及び国家社会主義的全体主義体制を非難とその象徴によるプロパガンダに対する禁止について定めている。そのため,上記表現行為については,同法律によって制約を受けることになる。また,この法律では,法律名や各条項のタイトルなどで,共産主義的全体主義体制と国家社会主義的全体主義体制は,並列に扱われているが,その内容や制定された政治状況からして,共産主義的全体主義体制に対する措置を主体として念頭に置いている。

 「反共産主義法」による制約の対象は,共産主義や国家社会主義に対する称賛だけでなく,ソ連による人工飢餓(ホロドモール)についての否認に対しても向けられるため,意見の表明に対してだけではなく,歴史認識についての言論に対しても制約を課すものである。歴史認識に関する言論に対して,特定の歴史観を正しいものとし,それに反する歴史観については歴史修正主義といわれている。このような歴史修正主義的表現に制約を課すことは,ドイツでのホロコースト否認に対する意見表明の自由(ドイツ基本法第五条)の制約が有名である。

 このような制約について,「反共産主義法」での言論の自由に対する制約根拠となるのは,「民族国家の安全」である。このことからウクライナにおける言論の自由への制約を正当化することができる。しかし一方で,欧州評議会ヴェネツィア委員会やアムネスティ・インターナショナルは,この反共産主義法について批判的意見を出している。とはいえ,「反共産主義法」も,無条件的に該当すれば制約の対象にしているわけではなく,言論に対する配慮を条文のなかに設けている。そして,前文で「人及び国民の権利並びに自由の保障」に対する配慮が謳われていることからも,言論に無配慮な制約を行わないとの考えが見て取れる。そのうえで,同時に「独立」の発展強化に努めることも規定されていることも失念してはならないのである。

 ウクライナの言論の自由は,歴史的地政学的な理由からウクライナ特有の問題との対峙が避けられない状態である。ここでは反共産主義法を扱ったが,このようなウクライナという国の根幹にかかわるような,表現についての法律は少なくない。引き続き,ウクライナにおける表現に関する法律と憲法上の関係について明らかにしていきたい。