「経営出版学」の可能性 主藤孝司 (2013年5月 春季研究発表会)

「経営出版学」の可能性
(2013年5月 春季研究発表会)

主藤孝司

 私は約10年間,自ら著者監修者の立場から書籍出版を行い,また出版社を立ちあげ,書籍出版を事業としても行なってきた。さらに,企業が主体となって書籍出版を行い経営課題の解決や経営目的の達成を支援するコンサルティング事業にも取り組んできた。
 そして経営課題の解決や経営目的の達成を目的とした書籍出版を「経営出版」と位置づけ,2009年から毎年日本出版学会での春季研究発表で発表を行ってきたが,その取り組みを通じて,企業が主体となって書籍出版を行う際の問題点が明確になった。それは次の3つである。
 1.書籍出版に関する歴史認識の必要性
 2.書籍出版に関する体系的な学習機会の必要性
 3.経営視点で書籍出版を学習する機会の必要性
 そこで今回の研究発表では,その報告及び提言の一つとして「学問としての経営出版学」の必要性について発表した。

一 「経営出版学」がないこと(現状)による問題点
 「経営出版学」という学問は現在存在しない。その現状における問題点は,以下の二点である。
 一つ目は,経営側(企業)の出版目的が出版そのものに陥ってしまうこと(本来,企業の出版活動は経営戦略と直結している必要がある)。
 二つ目は,出版社がより「商業主義的」になってしまうこと(企業や社長の知名度にあやかった書籍の販売増加を中心的動機として出版する傾向が強くなること)である。
 これらの結果,本来なら企業が書籍によって発信すべき情報(企業や商品あるいはサービスを通じ世の中に与えている社会的意義や社会問題を解決している背景や工夫,社会貢献活動など)が正しく伝わっていない。
 企業活動は報酬を得,利益を生み出すことで存続されるものである。報酬や利益は,「社会問題解決」の対価として生み出される。全ての企業は必ず何らかの社会問題を解決しており,その事実を正しく伝えていくことは企業の社会的使命の一つでもある。
 自らが果たしている使命や解決している社会問題,あるいは世の中に貢献している分野を示していくことは,企業の広報活動やPR活動になるのはもちろん,間接的なマーケティング活動にもなる。そして何よりも「直接的な商品の販売やセールスではない」情報発信活動は,企業の社会的責任(CSR)の一環でもある。企業は,利益追求するだけではなくあらゆる利害関係者,消費者や投資家や社会全体に対して適切な情報発信活動を行い,それに対して責任を持つことが求められる社会参画組織である。企業の社会的責任を果たす方法の一つが,書籍による情報発信なのである。

二 「経営出版学」が果たす社会的役割(意義)
 経営出版の現場においては出版社・企業双方の問題が混在しており,それらを埋め合わせる役割や機能が世の中にないのが現状である。
 経営出版学は,企業が行う情報発信について研究を行い,企業が何らかの経営目的で書籍を出版する時に必要となる知識を体系的に学ぶ機会を設けようという試みである。この学問では,企業や団体の経済活動についてその意義や背景,社会貢献要素を正しく世の中に発信することを可能とすることを通じて社会的役割を果たしていく。
 そうすることで,企業からの一方的な出版依頼(多くの場合,ホームページやパンフレットと変わらないようなコンテンツの提供)ではなく,本作りにふさわしい情報を発信し,またその情報を発信できるように社内に蓄積していくということを企業側が行えるようにすることにつながる。この中には社史も当然含まれるが,社史の範囲を明らかに超えていく経営ツールとして,出版物による情報発信を計画的に行うことが理想である。
 出版業界では昨今「企業出版」という新しい市場分野(収益機会)が確立されている。出版社として,企業出版を読者に価値ある情報として提供し続けるために,雑誌のようなセンセーショナルな内容ではなく,あるいは商品としての書籍を売らんがための過度な興味を喚起する編集方針とすることなく,地味であるかもしれないがその企業にとって相応しい情報発信であり,読者にとって学習価値があるコンテンツとして編集し,なおかつ企業の事業活動やビジネスモデルに合致させる観点で編集されることを,この経営出版学は可能にする。

三 具体的な「経営出版学」の内容
 経営出版学の提唱にあたっては,冒頭で述べた「企業が主体となって書籍出版を行う際の問題点」を補完するかたちで,まず以下の三点からのアプローチを検討したい。
 1.書籍出版に関する歴史認識
 2.書籍出版に関する体系的な学習機会
 3.経営視点で書籍出版を学習する機会

 「経営出版学」は,それ単体での学問というより,経営学とメディア学(コミュニケーション学)の学際的要素が高い。今後,この領域での研究および考察がより深められ,様々な業界の専門家の方々と学問的見地からの意見交換が必要となるだろう。特に企業が書籍出版を行う場合には,法律の上の問題もクリアにしていく必要がある。薬事法,著作権法,商標法,不正競争防止法,などはもちろん,プライバシー侵害,わいせつ,名誉毀損,破壊防止活動法などにある扇動罪などについても検討,学習していく機会を,経営出版学は可能とする。以上の思いを含め,本年度の発表を締めくくった。