メディア論から見た「電子書籍論」  林 智彦 (2012年5月 春季研究発表会)

■ メディア論から見た「電子書籍論」――その困難と可能性について
 (2012年5月 春季研究発表会)

林 智彦

【電子書籍「論」元年】
 2010~11年にかけて,「電子書籍」に関する議論が,わが国のさまざまなメディアにおいて,活発に交わされた。特に2010年は「電子書籍元年」という言葉が,一種の流行語のようになった。業界関係者の間では,「電子書籍元年」という言葉が含意する,ビジネス面での急速な発展はまだ実現していないという見方が大勢だが,他方で「電子書籍」についての言説の急速な盛り上がり=「電子書籍『論』元年」については,すでに我々は経験した,と見る事ができるかもしれない。
 このことを,いくつかのデータで裏書きしてみよう。日本国内でシェア9割を超える検索エンジンGoogle上で,利用者が入力したキーワードを集計する「Google Trends」を使って,「電子書籍」というキーワードによる検索数の推移を調べたのが図1である(*文字数制限のため,図版類と詳細な分析は全て削除し,後述のURL上の資料に別掲したので参照されたい=以下*印全て)。
 これを見ると,「電子書籍」への検索エンジン利用者の関心は2010年末がピークであったこと,2011年第一四半期に一度落ち込み,その後一定の水準で推移していることがわかる。
 言うまでもなく,検索エンジン上の「人気」と社会全体の関心度がパラレルである保証はない。そこで別のソースも挙げてみよう(図2・図3)(*)。

【電子書籍論の代表的な著作と論点】
 次に「電子書籍論」の内容に目を向ける(*)。

【これらの議論は「新しい」か?】
 さてここまで紹介した議論を,出版研究やメディア論のこれまでの蓄積の中に位置づけると,どんな知見が得られるだろうか?(*)新聞,映画,ラジオ,テレビ,ネット等,どんなメディアも登場したときは「ニューメディア」であり,社会に受容される過程において,時に激しい反発や軋轢を生んできたことは,メディア史のよく教えるところである。従って電子書籍論をメディア論的に理解するにあたっては,現在の議論を現在の断面において整理するとともに,それらを過去のメディア技術受容史において提起された論点と関連づけ,歴史的パースペクティブの中に置いて見ることが必要だと考えられる。

【「融解するメディア」のための研究手法】
 前項で見たように,ラジオ,テレビ等,過去の電子メディアの受容過程において提起された論点の多くが,電子書籍の議論においても繰り返されており,一定の平行関係が見られる。しかし,スマートデバイス(小型で多機能な情報端末。スマートフォンやタブレット端末の総称)の登場により加速されたデジタル融合(convergence)は,メディアの,そしてメディア論の境界をも不分明にしており,そのことが,電子書籍論に,従来の出版学やメディア研究になかった新しい視点を要求している。このことを少し詳しく見てみよう(図4)(*)。
 しかし,デジタル技術の発展により,またネット(ウェブ)というコンテンツ流通の新しい経路が生まれたことにより,この「壁」は現在,融解しつつある。その結果,他産業からの参入が相次いでいる。テクノロジーの「融合」がメディアの「融合」をもたらしていることの結果として現れている現象の一つが,電子書籍なのである。
 メディア産業と他の産業の境目が曖昧(blur)になっているということは,独立した学問分野としての従来の出版学,メディア論等々がこれまで扱ってこなかった視点が必要となる,ということでもある。
 言い換えると,出版学・メディア論が,「出版」や「メディア」を主語とした研究から,広く「情報」や「コンテンツ」を扱うすべての産業を主語とした研究へと脱皮することを迫られている,ということでもある。
 必要とされる視点を,仮に5つのカテゴリーにまとめてみるとすると,以下の図のようになるのではないか(図5)(*)。

 これまでの出版学・メディア研究が主に1,2(や,それに準ずるものとして4)の領域に関わってきたとすると,「融解するメディア」の先行事例としての電子書籍を論じるには,それだけではどうしても足りない。
 1~5まで,視野を広げた形の出版学やメディア論が必要とされるゆえんである。

【スライド・参考文献一覧】
 別掲原稿・図版を含めた資料(「メディア論から見た『電子書籍論』最終稿」)は以下のURLからダウンロードできる。参考文献一覧も本スライドに追加添付したのでご参照願いたい。
http://www.slideshare.net/tomohikohayashi