EPUBの可能性と課題  高木利弘 (2011年5月 春季研究発表会)

■EPUBの可能性と課題――EPUB電子雑誌「OnDeck」の試みから見えてきたもの
 (2011年5月 春季研究発表会)

 高木利弘

問題提起――EPUB 3.0によっても解決しない課題の存在
 米国の電子書籍標準化団体「International Digital Publishing Forum(IDPF)」が策定し,無償で仕様を公開している電子書籍フォーマットEPUBは,米国ソニーやバーンズ&ノーブル,グーグル,アップルなどが相次いで採用し,英語圏では電子書籍フォーマットのデファクト・スタンダードとなっている。
 そして,2011年5月に仕様が確定したEPUB 3.0では,日本語の独自仕様の縦書きをはじめ,右から左へ書くアラビア語,ヘブライ語などマルチリンガルに対応し,事実上「電子書籍の世界標準フォーマット」となった。
 こうした中,IT系出版社の株式会社インプレスR&Dは2010年12月22日,時代を先取りする形で,電子出版をテーマにしたEPUB形式による電子雑誌「OnDeck(オンデッキ)」を創刊した。そこで,実際に「OnDeck」の制作に携わった経験から判明した「EPUBの可能性と課題」についてまとめてみた。

EPUBの可能性――なぜ今,EPUBなのか?
 EPUBの最も顕著な特徴は,「リフロー(再流し込み)型」という点にある。従来,WebとPDFが電子文書の代表形式であったが,PCよりディスプレイサイズの小さいスマートフォンやタブレット端末,読書専用端末等では読みにくいという問題がある。これに対して「リフロー型」は,ディスプレイサイズに合わせてテキストがリフローされ最適化される。「リフロー型」のEPUBは,WebやPDFよりも先をいく未来の文書形式の方向性を示しているのである。
 EPUBが,オープンなWeb技術をベースに開発され,電子書籍フォーマットのオープンなグローバル・スタンダードを指向している点も重要である。
 さらに,EPUBは,これまで人類が紙書籍を通じて蓄積してきた「知識活動」のノウハウをどう電子で引き継ぎ発展させていくかというテーマを担っているということができるのである。

EPUBの課題
 さて,以上のように大きな可能性を持つEPUBであるが,実際にEPUBに取り組んでみると,さまざまな課題があることが分かってきた。
 第一に挙げられるのは,ビューワの日本語対応問題である。いかにEPUBの仕様が策定されようとも,ビューワがそれに対応しなければ,その仕様は実際には具現化されない。
 第二に挙げられるのは,ビューワのSVG対応の問題である。SVG(Scalable Vector Graphics)とは,XMLによって記述された画像フォーマットのことで,すなわち画像をいくら大きくしても,小さくしても描画が劣化しないという特徴がある。EPUBは仕様上,このSVGに対応しているのであるが,2011年5月現在どのビューワも未対応となっている。その結果,スマートフォン等では,WebやPDFに比べて,画像が見にくいという欠点があるのである。
 第三に挙げられるのは,DRMと互換性の問題である。現在EPUBは,電子書籍を作成するための「記述フォーマット」,そしてそれを一冊のまとまりにする「実行フォーマット」の仕様はオープンとなっている。しかしながら,DRM(デジタル著作権管理)をかけたフォーマットはオープンとなっていない。先行している音楽コンテンツの場合は,さまざまな議論を経たのち,現在ではDRMフリーが主流となっている。電子書籍でも,いずれはこうした問題がクローズアップされてくると考えられる。
 第四に挙げられるのは,「ページ概念喪失」の問題である。EPUBは,「リフロー型」のため,表示するディスプレイサイズ,フォントサイズによってページ数は異なってくる。このため従来の「参照ページ」といった考え方は通用せず,新たな「レファレンス」のスタンダードを確立する必要がある。
 第五に挙げられるのは,「知識活動の生産性向上」という観点からのルール作りの必要性である。IDPFが策定するEPUB仕様は,電子書籍の基本フォーマットに関するものだけで,それをどう活用するかはそれぞれに任されている。したがって,たとえば出版社ごとにXHTMLやCSSの定義を行うことによって,見かけ上は問題がなくても,いざ「知識活動」に役立てようとすると,活用しにくいといった問題が生じかねないのである。
 EPUB 3.0の特徴は,マルチメディアおよびマルチリンガル対応という点にある。EPUB 2.0までの仕様が,どちらかというと紙の書籍の電子的再現に注力していたものであったのに対して,EPUB 3.0は,明らかに紙の書籍の限界を超える電子書籍の実現を目指している。マルチメディア対応ということでは,さまざまな表現の開発がなされていくと考えられるが,結局のところ,「知識活動の生産性向上」に寄与しないマルチメディアは,支持されず,淘汰されていくであろう。