日本のオンデマンド出版,その蹉跌と再生  中西秀彦 (2011年5月 春季研究発表会)

■日本のオンデマンド出版,その蹉跌と再生
 (2011年5月 春季研究発表会)

 中西秀彦

オンデマンド出版の蹉跌
 日本のオンデマンド出版は1999年頃から,日販の「ブッキング」や,紀伊國屋書店の「電写本」などさまざまな試みがなされた。2001年には『オンデマンド出版の実力』という本が出版され,少部数良書の出版にオンデマンド印刷が最適という期待が膨れていく。ただし,そのコンセプトを具現化したとする同年の「リキエスタ」も刊行点数は3期30点にとどまり,2003年に終了するなど,進展しなかった。
 こうした初期のオンデマンド出版の試みの中で成功といえるものはない。それは従来の書籍の枠組みの中でただ単に安い印刷技法としてオンデマンド印刷を利用しようとしたからと考えられる。確かに少部数印刷には威力を発揮するオンデマンド印刷であっても,100部,200部といった部数で採算をとることは実質的に不可能であり,これは技法の問題というより書籍出版がそもそも内包している問題であるといえる。
 出版データをサーバーに蓄積して,顧客から要望があれば一冊からでも印刷・製本するというタイプのオンデマンド出版もあり,コンテンツワークスのブックパークが1997年という早い時期から開始している。2002年にコニカミノルタビジネスソリューションズは本屋の店頭にてサーバーに蓄積された書籍をそのまま印刷・製本・販売する「ebook-print」というビジネスを開始したが人気をえることなく2010年末には終了している。2010年11月からはebook-printと似たコンセプトでエスプレッソマシンを使った三省堂書店がオンデマンドサービスを開始しているが,2011年になると売れ行きは低調になっている。こうしたオンデマンド出版も出版者からコンテンツを集めることができず,読者が自分の読みたい本を買おうとしてもデータがないという問題を克服することができていない。

オンデマンド出版と電子書籍
 サーバーへの蓄積が普及を左右するというのは初期の電子書籍の状況に似た現象であって興味深い。電子書籍の場合,アマゾンによるコンテンツの徹底的な収拾によってブレークスルーが図られたと考えられる。今後の電子書籍の普及を考えた場合,オンデマンド出版の立場は弱い。すでに指摘したようにオンデマンド出版のためにはその基礎となるコンテンツデータの収集が不可欠であるが,これは電子書籍にも転用が可能である。読者にとって集められたコンテンツをオンデマンド出版として印刷・製本して読むか,電子書籍として電子デバイスで読むかだけの違いとなる。この場合,費用的には紙代・製本代が必要なオンデマンド印刷とする方があきらかに不利である。

オンデマンド出版の再生
 オンデマンド出版として成功したと考えられる例もある。ひとつは大活字本のような特殊領域であり,もうひとつはオンデマンドカラー出版である。
 大活字本は視覚障碍者向けに大きな文字で印刷した本である。コンピュータ組版によって字のサイズを簡単に変えて印字することができるようになり,これに少部数に適したオンデマンド印刷を使うことでコストを押さえて実用化した。
 オンデマンド出版があまり成功してこなかったのは商品としての新規性がなかったためと考えられる。少部数出版が現在の書籍出版の枠組みでは成功しないのであれば,オンデマンドでも成功しない。逆に今までなかった新規な付加価値を出版に付加したものであれば,それは成立しうる。大活字本は今まで成立できなかった書籍形態をオンデマンド印刷方式によって成立させたもので,そのことの証左となる。
 今後オンデマンド印刷の付加価値として注目しうるのはオンデマンドカラー印刷である。カラー印刷は製版などの前工程のコストが非常に大きく,少部数(1000部以下)のカラーという出版物はよほど特殊な物以外成立し得なかった。ところがカラーであってもオンデマンドであれば少部数でも非常に安価に供給することが可能であるため,オンデマンドによるカラー書籍があらたな出版物として成立しうる。

結論
 オンデマンド出版は従来の出版の枠組みで捉えた場合,単なる印刷技法として矮小化されてしまい,本来の革新性が発揮されない。しかし,あらたな出版市場の構築と捉えた場合,出版市場そのものの拡大と活性化が期待できるのである。