マゾン・アップルの電子出版が脅威ではない理由  主藤孝司 (2010年4月 春季研究発表会)

■アマゾン・アップルの電子出版が脅威ではない理由
 (2010年4月 春季研究発表会)

 主藤孝司

 今回の研究発表では,電子出版がもたらす市場の変化を踏まえ,それによって現在の書籍出版業界がどのように変化していくのか,新しく台頭する個人出版社である「ネオパブリッシャー」の出現,その姿を予見していく。この研究は,これから出版社,書店などは,市場の変化にどのような準備が必要であるのかのヒントを与え,今以上に書籍出版業界に明るい未来をもたらしていくことを発表の論旨としていく。

 アマゾンやアップルに代表される電子出版の拡大が書籍出版業界に大きな影響を与えると言われている。電子出版市場が拡大することで,書籍出版自体が消えてしまうのではないか,との危惧からだ。それは音楽業界で起こったCDやMD普及の結果,カセットテープやレコードが消えたことを想起させてのことだろう。しかし,電子出版の拡大は本当に出版業界にとって脅威なのであろうか。
 私の答えは「NO」である。むしろ逆に,電子出版の市場拡大によって,今まででは考えもできなかった新しい出版社「ネオパブリッシャー」が続々と登場し,電子書籍の市場拡大と比例して紙による書籍出版社は今以上に増えてくると考える。なぜなら,電子化されることで出版されたコンテンツについて「紙の書籍でも手にしたい」と人は自然な欲求ベースで思うようになっているからだ。それは書籍というメディアが持つ歴史的背景から明白である。さらに現代では,書籍制作のプロセスが,ほぼ無料で可能となり,更に印刷コストも劇的に低下している。つまり,書籍出版を実現するために必要なものがそれまででは考えられない程に低くなったからだ。これらが実現されるようになったのは,紛れもなくパソコンとインターネットの普及だ。
 今まで一部の資本力ある法人や特別な団体でしか実現されなかった書籍出版が,今は,誰もが実現できるようになっている。足りないのは,それが実際に誰にでも実現できるという認識である。
 この流れの最先端を行くのは電子出版であり,それに伴って書籍出版を自ら行うネオパブリッシャーの市場も大きく拡大していく。この流れは新しいものではなく,既に起こった未来である。この新市場拡大をもたらしてくれる牽引車が電子出版である。なぜなら,電子出版は誰でも即座に実現可能な出版手段だからだ。その結果,電子出版を行う者すべてが出版社となっている状態だ。しかし,彼らは自らが出版社であるという事実には気づいていない。自らが著者でもあるため,著者としての部分のみをPRし,クローズアップされているため,版元の自覚は無いまま,でも版元ともなっているのである。
 そういう状況では,誰もが出版社であるために,自ずと確実にヒットする企画を見つけ,更に拡販していきたいと考えていく。つまり,このプロセスは売れる企画のテストマーケティングをほぼコストゼロで吟味できる時代になったことを意味する。その「試験的出版」ともいえる電子出版を経て,商業性を見極めた上で,ある程度コストがかかる書籍出版を行う時代に既になっている。この現実は出版社にとってより効率的な経営の実現をもたらす朗報である。
 また,私自身もここ数年で3社の書籍出版社を立ち上げ,商業性ある書籍出版を行うために,電子出版等によって市場性,採算性を確認しながら取り組んでいる。
 アマゾンやアップルに代表される電子出版で,既存の書籍出版業界は淘汰されていくなどと危惧されている。確かに一部の版元は確実に淘汰されていくだろう。2011年の地上波デジタル放送開始にともない,テレビ局と新聞社が巻き起こす業界再編に出版社も巻き込まれてしまうのは明白である。しかしそのような現象が巻き起こる中で,電子出版vs書籍出版という対立構図ではなく,双方が補完関係にある新しいビジネスモデルが主流となっていくと思われる。電子出版端末メーカーは,オリジナルコンテンツを今以上に求めてくる。消滅する運命にある多くの出版社は,この流れの中で電子出版端末メーカーに吸収されていく。その現象は,ソニーなどの家電メーカーが大手映画会社や音楽会社を傘下におさめたことと同じ現象である。これが出版業界でもこれから顕著になってくると思われる。しかし,コンテンツホルダーとしての出版社にビジネス的な魅力があるわけで,書籍の著作権を保持するか,又はその著作権を利用する権利を保有していない版元は無価値と見なされてしまう可能性もある。
 いずれにしても,電子出版市場の拡大が書籍出版業界の未来を切り開く歓迎すべき社会変化であり,電子出版市場の発展は本当の意味での「出版の自由」が,いよいよ個人レベルにもたらされる,心から歓迎すべきスタートであると考える。