ウェブ時代の雑誌の在り方に関する一考察――雑誌再生の途を探る  高橋文夫 (2009年5月 春季研究発表会)

■ ウェブ時代の雑誌の在り方に関する一考察
  ――雑誌再生の途を探る (2009年5月 春季研究発表会)

  高橋文夫

 わが国で最初に作られた本格的な定期刊行雑誌は『西洋雑誌』とされる。1867年(慶応3年),明治維新に先立つ1年前のことであった。いまで言う編集・発行人は,江戸末期異才の洋学者柳河春三。春三は「magazine」の訳語として「雑誌」を充てた。
 magazineはもともと,「倉庫,弾薬庫,資源地,銃の弾倉,写真機フィルム枠)」の意味である。英語のmagazineが「雑誌」の意味で用いられるようになったのは,「『知識の庫』の意から敷衍して」のこと,とされる。新聞の原語が「ニュース紙=newspaper」であるなら,語義が「知識の倉庫・弾薬庫=magazine」である雑誌には,本来なら「知庫」といった訳語が充てられてもよかったろうし,その方がより「体(たい)」を表していたといえる。
 こうした言葉の由来も踏まえながら,雑誌の特性を考えてみよう。
 読者に情報を提供する際の原則は,ニュースにしろ解説にしろ,できるだけ「早く」「正確・的確に」「深く」伝えることである。この3要素はジャーナリズムの基本である。
 だが同じ3要素でも,お隣の活字メディア「新聞」が「・早く・正確に・できれば深く」の優先順位に基づく「客観報道」を旨とする「第3人称のジャーナリズム」とすれば,「雑誌」は異なる。その優先順位は「・深く・的確に・できれば早く」であり,新聞の優先順位とはまるで逆である。新聞とは異なり,雑誌は「主観編集」が身上の,言ってみれば編集長や編集者が作り上げる「第1人称のジャーナリズム」である。
 このような雑誌編集には「企画」「取材」「執筆」の3プロセスがある。
 「企画」に求められるのは,「切り口・仮説の面白さやユニークさ(=K)」であり,「取材」で欠かせないのは,「レッグワーク(足を使った活動)に基づく現場での取材(=G)」であり,「執筆」で意を用いなければならないのは,「書き出しの3行・見出しの1行にひとひねり一工夫を加えること(=3)」である。
 こうした雑誌にはいま,2つの大きな流れが怒涛となって襲っている。
 まずは,「大量のデジタル情報が『津波』のように押し寄せている」ことである。
 インターネットやウェブジン,ブログ,携帯電話,DVDなど,IT(情報技術)の発展に伴い,かつてない「情報津波」現象がいま,起きている。
 人類が地球上に姿を現して以来,つい最近までに生み出された情報量は5EB(エクサバイト=10の18乗バイト)程度とされる。それがいまや,HD(ハードディスク)などの磁気媒体,DVDなどの光学式媒体,雑誌・新聞・書籍などの印刷媒体を合わせたオフライン媒体だけで,人類発生以来作られてきた全情報量を上回るEB級の情報が毎年,何気ないように創出されている。これにインターネットや携帯電話,テレビなどの電子オンライン情報を加えると,年間23~24EBという膨大な量の情報が津波のように私たちを洗っている計算になる(02年時点)。オンライン・オフライン媒体を合わせた全情報を湯船いっぱいの量に例えれば,雑誌・新聞・書籍などの活字情報は全部合わせてもその10万分の1程度の,小さじ1杯の量にもならない。
 もう1つの流れは,わが国の社会でいま「2極化や貧困化をともなう『ゲゼル化』が急速に進行している」ことだ。
 「ゲゼル化」とは「ゲゼルシャフト(利益体)」化を縮めてこう呼んだ。「ゲマインシャフト(共同体)」の反対語である。独社会科学者F・テンニエスはかつて社会形態には「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」の2形態があるとして,これらを対置させた。
 わが国はこれまで,多かれ少なかれゲマインシャフトの社会であった。が,グローバル化の急進展やいわゆる新市場主義の浸透によりこの10年ほどの間に,ゲゼル化が一気に進み,あちこちで「ゲゼル化現象」が見受けられるようになった。
 かつて声高に語られた輝かしき「日本的中産階級」は没落し,「一億総中流」は幻想と化しつつある。職場では食品などの偽装出荷販売が続々と暴かれるようになった,本来なら身や心のよりどころであるべき家庭内でも,親殺し・子殺しが増えてきた―といった現象も「ゲゼル化」の広がりを示している。
 問題なのは,ゲゼル化の浸透につれて,雑誌を支えてきた最大単一の読者層であった中間階級が空洞化し,力を喪失したことである。この世の春を謳歌していた総合誌や大衆誌はその後ろ盾を失ってしまった。雑誌にはいま,購読者層の分化や細分化に見合う新しい媒体が求められている。ゲゼル化の拡大に伴いギスギスしてきた読者環境に対応する形で,編集者と読者の間の共感や「繋(つな)ぎ」,「絆(きずな)」などの持ち味を提供していくことが求められてもいる。
 今後の雑誌づくりの在り方を5つのRにまとめてみる。・「Report(from the scene)リポート=現場報道」の強化,・「Range(of coverage)レンジ=専門性・ニッチ度」の高度化,・「Reliefリリーフ=安らぎ・癒し」の付与,・「Reconfirm リコンファーム=再認識・再確認」の手立てとして,・「Rating レーティング=評価・格付け」の提供―である。(雑誌・出版流通合同部会報告参照)
 情報津波の中で,雑誌などの活字情報はほんの微々たる量だ。雑誌としては,そうした状況を踏まえたうえで,大量・迅速のデジタル情報に気おされることなく,情報提供の仕方にいっそう工夫を凝らしていく必要がある。細分化された読者層に,信頼性のある現場からのオリジナルの専門深掘り情報を提供していく。さらに「主観編集」による「第1人称ジャーナリズム」の特性を活かし,編集者と読者が互いに誌面内容への思いや誌面デザインのセンス・雰囲気を共感・共有し,繋がりを持ち,高め合っていくことが求められる。
 「主観編集」「第1人称のジャーナリズム」である雑誌は,本来の特性を活かすことで,「客観報道」「第3人称のジャーナリズム」の新聞とはもちろん,検索性・双方向性がある大量・迅速の「デジタルメディア」と棲み分け,より高い次元へ「止揚」すべきだ。勃興するデジタルメディア時代にあって,雑誌にはいま,「合」の高みへと止揚することが期待されている。

(初出誌:『出版学会会報125号』2009年10月)