《ワークショップ》 デジタル時代にどう向き合うか?――出版史研究の新たな方法と課題 (2019年5月11日 春季研究発表会)

2020年 2月 01日(土曜日) 16:50
印刷

《ワークショップ》 デジタル時代にどう向き合うか?――出版史研究の新たな方法と課題


 中村 健 (大阪市立大学)
 中川裕美 (岐阜聖徳学園大学非常勤講師)
 山中智省 (目白大学)


 出版史研究において,紙資料とデジタル資料を組み合わせた研究法が一般化しつつあるが,新たな課題も浮かびあがっている。本ワークショップでは中村が「雑誌のWEB版とデジタルアーカイブがもたらす雑誌研究の変化」について,中川が「Pixivやカクヨムといった電子ツールによって書かれた作品を出版資料学の観点からどのように考えるのか」について問題提起を行い,以上2つのテーマから今後の出版史研究のありかたをめぐる議論を展開した。


《問題提起1》
 中村 健
「多様化するメディアの中の雑誌研究」

 雑誌のデジタルアーカイブと多様化するWEB版がもたらす雑誌研究の変化について,その長所と課題を提示した。最近,創刊号から最新号まで信頼できるプリント版とデジタル版の両タイプのアーカイブが整備されている事例が増えてきている(例:『週刊東洋経済』)。また,「国立国会図書館デジタルコレクション」(通称:デジコレ)は,収録される図書・雑誌が増え,人文社会科学研究の欠かせないデジタルアーカイブに成長した。このように出版史研究は,最初にプリント版の所蔵情報と現物を探し,所蔵がない場合にデジタル版を探すという方法から,「デジコレ」のような信頼できるデジタル版を探し,デジタル版がない場合にプリント版を図書館や古書店で探すという流れに変化したといえる。
 一方,雑誌のカレント版について,紙媒体の時代には考えられなかったほどの多様な版を生み出している。事例として『ぴあ』『日経ビジネス』電子版(オープンジャーナリズム),『東洋経済オンライン』『News Picks』といった経済情報サイトをあげた。例えば『ぴあ』は時代ごとに情報誌(プリント版)→情報サイト→アプリと形態を変化させながら情報を提供してきた。出版史の研究対象にした場合,プリント版は図書館などに保存されているが,WEBサイト,アプリは保存されていないため,網羅的な史料収集ができない。このように,出版史研究は,プリント版に関しては分析できても,WEB版やサイトの資料が系統的に収集できないため,「現在」まで射程を延ばせないという課題が生じている。


《問題提起2》
 中川裕美
「インターネット上における創作ツールの現状と問題点の整理」

 現在の出版・編集者・作家の状況を考える上で,インターネットにおける創作系ネットサービスは無視することができない存在となっている。企業が運営するネットツールだけでも,「小説家になろう」(2004年),「Pixiv」(2007年),「カクヨム」(2016年),「LINEノベル」(2019年)など,多くのサービスが展開されている。
 しかし,これらの創作系ネットサービスに公開された作品についての研究はほとんど行われておらず,情報処理の観点から行われた研究がわずかにあるのみである。こうした状況を踏まえ,筆者はまず,創作系ネットサービスと既存の出版書籍との違いについて整理した。特にネットコンテンツは容易に削除・修正を行うことができるため,出版資料研究に不可欠な資料保存が極めて難しいことは重要である。また作品を投稿した著者が行う削除・修正だけでなく,サービスを提供している運営会社が事業から撤退し,コンテンツを全て削除するということもあり得る。
 このように「失われる可能性のある資料」を,我々出版研究者はどのように科学的に調査・研究をしていくべきなのか。その一つの方法として筆者は,日本出版学会としてネットコンテンツの取り扱い方に関するルールづくりの必要性を提言した。
 以上の問題提起を受け討論者である山中智省からは,議論の前提を会場と共有するために,「なぜ,雑誌やSNS上のネットコンテンツの情報を保存・アーカイブする必要があるのか?」との質疑が出され,出版史研究におけるその目的・意義に関する見解が中村,中川両氏から述べられた。その上で中村に対しては,雑誌の版の多様化に対応した研究ノウハウ(史料選択や出典情報の取り扱いなど)の有無について確認がなされるとともに,史料の網羅的な把握・収集が困難な現状では,その整備も直近の課題であることが明らかとなった。続いて中川に対しては,削除・修正が起こりやすいネットコンテンツの保存・アーカイブに関連して,具体的な方法の見通しや保存すべき情報の取捨選択をめぐる質疑がなされた。また,「カクヨム」に代表される出版社主導の小説投稿サイトの存在を踏まえ,個々のネットツールの特質や,出版産業・戦略上の役割を見極める必要性が指摘された。
 一方,会場を交えたディスカッションでは,研究者から実務経験者までを含む多彩な参加者から,デジタルアーカイブやネットサイトにとどまらない事例を踏まえ,デジタル時代の出版史研究が目指すべき姿や今後の課題について活発な議論がなされた。その結果,同日午後開催のシンポジウム「日本出版学会のこれから――何をどうする学会であるべきか」に繋がる論点が浮き彫りになったことからも,本ワークショップの意義は大きかったと評価できる。