「業界出版社・紙業タイムス社に関する一考察」 前田正晶 (2018年5月 春季研究発表会)

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業界出版社・紙業タイムス社に関する一考察
――日米ビジネス文化比較の視点から


前田正晶


日本とアメリカのビジネス社会の文化の違い:
 私はアメリカの紙パルプ・林産物産業界で上位5社に入る企業2社に日本駐在員として対日輸出に22年半も従事してきた.その間に日本とアメリカのビジネス社会における文化の相違の谷間に落ちて大いに苦労して来たので,その経験に基づいて論じていこうと考えた次第.
 先ずはアメリカの文化の相違点を製造業で見ていこう.ここには銀行・証券業界とは少し異なる点があるとご承知置き願いたい.

人事・採用:
 4年制大学の新卒者を定期的に採用し各社独自の教育を施すことはしない.事業部毎に必要に応じて即戦力となる実務経験者かMBA(経営学修士)とPh.D.(博士)等を中途採用するのが一般的である.

新卒者の扱い:
 4年制の大学の出身者は中小企業等に就職し経験を積み実力を付けて大手からの勧誘か引き抜きを待つか,自分から大手の事業部宛に履歴書を送り,勧誘のチャンスが巡ってくるのを待つのだ.但し,銀行・証券会社では新卒を採用するようだ.

事業本部長の権限:
 企業の運営は事業本部長が人事・営業・製造(生産)・総務・経理等の全業務の責任者であり,その事業部を一つの会社として運営していく.各部員には「職務内容記述書」が与えられ,その範囲内の仕事を遂行する.

給与:
 会社側の社員は年俸制で,労働組合員は法的には会社とは別個の存在であり,給与も時間給制である.別個の存在である以上,労組員が会社側に転進して行くことは例外を除いてあり得ない.

取締役会:
 我が国のそれとは異なり会社とは別個で,社外の経営者等で構成され,社員から昇任することは極めて希である.取締役会の主たる役割は各事業部から提案される重要案件を審査し決済し会社を監督し運営していくところにある.この点が我が国の取締役会との大きな相違点である.

コンサルティング:
 アメリカにおける特色は「外部に依存するところにあり,企業からリタイヤした経験豊かな者か,一流私立大学で博士号(Ph.D.)かMBAを取得した者たちが独立して開設したコンサルティング事務所に委託するのが一般的」である.即ち,社内にその部署が設けられている例は少ない.企業は外部への多額の投資を厭わず,社員の研修等に社外のコンサルタント事務所を利用するのがアメリカ式である.

紙パルプ産業界の専門出版社,紙業タイムス社の紹介:
 紙業タイムス社は1949年の創業で定期刊行物の他に啓蒙的且つ技術的な専門書を毎年数多く刊行してきた出版社である.

定期刊行物:
 月2回発行の「紙業タイムス」と,週刊誌で関連業界の動向とアメリカの紙パルプ産業界に特化した調査機関と提携しそこから発信されてくる海外ニュースも報じている「FUTURE」がある.海外向けの情報発信には,1990年から英字季刊誌「Asia Pulp & Paper誌」(現在休刊中)を発行していた.

コンサルタント的活動:
 特筆すべき事業として海外への調査団の派遣の他に,海外のメーカーや関連業界から団体と個人が視察に訪れる展示会の開催がある.このような活動はアメリカならば,大手企業が外部の事務所に委託してきたことだが,紙業タイムス社は一専門出版社でありながら,その役割を長年にわたり果たしてきたことが特徴として挙げられる.即ち,これらの活動はアメリカならばコンサルタント事務所が担当する分野の仕事なのである.

経営上の問題点:
 紙パルプ業界に特化した紙業タイムス社が業界誌として抱える問題点としては「年々製紙メーカーと流通業界の再編成と整理統合が急速に進み,それに伴って購読企業や広告のスポンサーの数が減少し定期購読者と広告収入が減少していくこと」が挙げられる.即ち,メーカーや流通業界の企業2社が合併すれば,今まで通りに2社が購読していた雑誌の部数がそのまま継続して購読されることは希で,多くは半減してしまうのである.

アメリカの動向:
 ここでアメリカに目を転じて専門誌の状況を考察すれば,確かに専門的な機関により雑誌等は発行されている.だが,それは専ら業界内の動向のニュースや調査と統計資料に注力されていて,紙業タイムス社のような啓蒙的且つ海外向けの情報発信の要素は希薄だと言える.この辺りが我が国とアメリカとの業界の専門出版社の在り方の文化的違いが表れているのである.現に,私はこれまでにアメリカの出版社が「日本の製紙業界に視察団を編成して送り込んできた」という話は,寡聞にして聞いたことはない.

紙業タイムス社の特徴:
 ここで特筆すべき点は,アメリカでは海外視察団を派遣する際にはコンサルタント事務所に企画の立案等を委託し,多額の出費を厭わない姿勢だ.だが,我が国にあっては紙業タイムス社のような専門出版社に定期刊行物等への購読料の出費だけで,価値あるコンサルティングが受けられるという,ビジネス社会における文化の違いがある点を強調しておきたい.