「日本におけるLLブック出版の現状と展望」野口武悟・藤澤和子(2016年12月 秋季研究発表会)

日本におけるLLブック出版の現状と展望

野口武悟(専修大学文学部)
藤澤和子(大和大学保健医療学部)

1.研究目的

 LLブックとは,青年期以降の知的障害者を主な読者対象として,彼らの読書の特性をふまえて作られる図書の総称である。やさしく書かれた文章,文章の内容を示すピクトグラム(絵記号),写真やイラストなどの組み合わせで構成されることが多い。LLとは,スウェーデン語のLttlstの略で,“やさしくてわかりやすい”という意味である。英語圏では,easy-to-readと呼ばれる。子どもを対象とした絵本などとは異なる。
 ノーマライゼーション社会の実現には知的障害者も必要な情報を自ら得られるようにしなければならないとの考えのもと,1968年にスウェーデンでLLブックの出版が始まった。スウェーデンはもちろん,それ以外の欧米諸国でも毎年一定数のLLブックが出版されており,公共図書館でもLLブックの棚やコーナーを設けるところが多い。日本でも,ノーマライゼーション思想をベースとした「障害者の権利に関する条約」の批准(2014年1月)や,「合理的配慮」を行政機関等に義務づけた「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」の施行(2016年4月)などを受け,LLブックへのニーズは高まっているものと思われる。
 そこで,本報告では,日本における知的障害者のLLブックに対するニーズとLLブック出版の現状を明らかにしたうえで,LLブック出版のあり方を考察した。

2.研究方法

 知的障害者のニーズ等については,聞き取り調査(予備調査)と質問紙調査(本調査)を実施した。聞き取り調査は,2015年11月~2016年1月にかけて,関西地方の知的障害者を対象に実施した。また,質問紙調査は,2016年9月~10月にかけて,全国の知的障害者とその家族を対象に郵送により実施した。両調査に際しては,全国手をつなぐ育成会連合会の協力を得た。
 LLブック出版の現状については,1990年以降の『出版年鑑』,『日本全国書誌』などをもとにタイトルや出版者を調査し,入手可能なものは現物を入手,確認した。

3.知的障害者のLLブックに対するニーズ

 質問紙調査(本調査)は,知的障害者(当事者)向けにわかりやすく書かれた質問紙を作成して,本人,あるいは家族が本人に質問して記入する形で回答してもらった。回答数は616件,回収率は56.0%であった。自由記述による「好きな本」への回答は,マンガが118件と最も多く,絵や写真が多い本を含めると61%を占めた。「読みにくくわかりにくい本」としては,漢字や文字の多い本が30%と最も多くなった。「こんな本がほしい」では,漢字にルビがあるわかりやすい文,生活年齢に合わせた本,聴覚や触覚を使う本などへのニーズが示された。また,図書館にわかりやすい本がほしいというニーズも19%あった。これらの結果から,知的障害者は,LLブックの特性をもつ作品を求めていることが考察された。

4.LLブック出版の現状

 日本でも,2000年代以降,副題やシリーズ名にLLブックを明示する作品が出版されている。しかし,市販と非売(公共図書館などに無償頒布)をあわせても18タイトルに過ぎない。
 もちろん,LLブックという明示はないものの,内容面でLLブックに相当するような作品も存在する。しかし,それも,市販と非売あわせて60タイトルに過ぎない。そのうちの3分の1は,すでに絶版になっており,現在入手は困難である。
 このように,LLブック及び内容面でLLブックに相当するタイトルは,きわめて少ないのが現状である。

5.LLブック出版のあり方

 本報告で示したような知的障害者(当事者)のLLブックに対するニーズに応えて,その出版を増やすには,スウェーデンのように国による補助金を得るか,民間で採算がとれるように出版を目指すかのどちらかとなろう。前者のスウェーデンでは,1968年以来,国の補助を受けてLL協会が設立され,LLブック専門の編集者などのスタッフによって良質なLLブックの作品が制作されてきた。こうした方法は,ニーズに合わせた良質な作品を普及させるために有効だったと思われるが,スウェーデン(あるいは北欧)という福祉国家モデルともいうべきものであり,日本においては現実的とは言い難い。英米がそうであるように,日本では,一般の出版社が採算をとりながら,良質なLLブックの出版を目指す方法が現実的だろう。
 ただし,LLブックの作品の質をどのように保障するのかという課題がある。LLブックは“やさしくてわかりやすい”図書であるはずなのに,そうでない作品がLLブックと称して出版されることは避けなければならない。そこで,出版社,作家,当事者団体などが,LLブックの監修や普及を協力して行う自主的な会を立ち上げ,検討を深めていくというのはいかがだろうか。

謝辞
本稿は,JSPS科研費 JP16K00453 の助成を受けて実施した研究成果の一部である。