「戦前期における青年の読書実態」張賽帥(2016年12月 秋季研究発表会)

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戦前期における青年の読書実態――東京の学生読書調査を中心に


張賽帥
(東京経済大学大学院博士課程)


 昭和初期の東京では,人口の拡大,インフラの整備,教育の普及,西欧文化の流入などが一気に加速し,近代都市へと大きく変貌した。このような都市化は,書店,古書店,図書館などの読書装置の整備をもたらした。大衆総合雑誌の登場と円本ブームにより,活字メディアの大衆化が実現した。当時の東京において,読書を楽しむ人々がますます拡大した読書空間が創出された。
 本発表は,この読書空間において,学生たちの読書活動の実態を検証するものである。すなわち,昭和初期に実施された5つの学生(10代後半から20代)を対象とした調査結果を用い,書籍,雑誌,新聞に関するデータの比較分析を行った。
 表が示した5つの調査を比較しながら,当時の青年たちの読書実態を考察する。ここで「帝国大生調査」,「東京商大予科生調査」と「慶應義塾生調査」としているのは,エリートを養成する教育機関とされていた学校で実施された学生調査からのものである。「日本図書館協会調査」は,東京市内の6つの公共図書館の入館者に関する調査である。この調査から,青年学生のデータを抽出した。「現代学生思想調査」は,『文藝春秋』に掲載された学生の思想調査から読書行動に関するものを選び出したものである。


表 昭和初期の青年を対象とした主な読書調査

調査のタイトル(回答数)   実施年月 調査を行った機関 
 帝国大生調査 (5402名)  1934(昭和9)年11月    大学
(エリート学校)
 東京商大予科生調査 (575名)  1934(昭和9)年10月
 慶應義塾生調査 (1022名)  1935(昭和10)年10月
 日本図書館協会調査 (3078名)  1934(昭和9)年1月  図書館団体
 現代学生思想調査 (10名)  1933(昭和8)年1月頃  出版社

出典:
「学生生活調査」(東京帝国大学学生課,1934年)
「東京商科大学予科『学生生活調査報告』」『思想調査資料第26輯』(文部省思想局,1935年)
「学生生活の思想的方面の一調査:学生生活調査第二報告」(慶應義塾理財学会,1935年)
『図書館における読書傾向調査』(日本図書館協会,1934年)
「現代思想調査(第二回)――学生はどう考へるか?」『文藝春秋』,1933年1月号より作成


 まずは,学生の愛読書のジャンルを比較分析し,その読書傾向の分析を試みた。愛読書に関しては,5つの調査の調査方法と分析視点がそれぞれ異なり,ジャンル名も統一されていないという問題点があるものの,比較を試みた。愛読書のジャンル順位を全体的にみると,青年たちは,文学・文芸の書籍を最も愛読していたことがわかった。また,読書分野も幅広く,専攻関係書・専門書も多く読む傾向にあった。
 さらに,学年によって学生の読書傾向が異なっていた。「東京商大予科調査」では,全体的に愛読されているジャンルの順序は,小説,文学,経済,随筆,歴史となっている。しかし,学年別でみると,愛読された書籍のジャンルは学年によって全く異なる傾向を示している。1年次の学生は,上級生より小説をよく読んでいたようである。一方,2,3年生の間で経済書を読む比率は,1年生のおおよそ6倍にもなっている。これは,学年が上がるにつれて専門科目を学ぶ機会が増えることと,学年が上がるほど,より社会人になることを意識するために,学年によって読書傾向が変わり,それがこの結果に表れているのではないかと考えられる。
 次に,雑誌購読実態を考察し,いかなる雑誌が,どのように読まれていたのかについての分析を行った。この5つの調査から,当時の青年学生の雑誌購読実態を考察した。これらの調査の結果によると,学生たちにとって雑誌購読はごく一般的なことであって,購読された雑誌の分野も幅広く,その購読誌の種類は200種にも達していたことがわかった。帝大に除く4つの調査結果から購読ランキングを比較して見ると総合雑誌の『改造』,『中央公論』,『文藝春秋』と大衆雑誌の『キング』はよく読まれていたようである。すなわち,当時の高等教育機関の多くの学生には総合雑誌がよく読まれていたことがわかる。また,大衆雑誌もかなり愛読された人気雑誌であったことも明らかになった。
 最後に,各調査の中で,新聞購読の実状に触れた調査結果の部分をそれぞれ比較し,新聞購読傾向の分析も行った。5つの調査の中で,新聞購読の実状に触れているのは「帝国大生調査」,「東京商大予科生調査」,「慶應義塾生調査」である。この3大学の新聞調査結果を比較してみると,学生たちによく購読されていた一般紙は,『東京朝日新聞』,『東京日日新聞』,『読売新聞』,『報知新聞』と『時事新報』であったことがわかる。また,東京商大予科生と慶應義塾生の間では,『東京朝日新聞』,『東京日日新聞』,『読売新聞』の順によく読まれていたことが明らかにわかった。
 本発表は,出版文化が興隆した昭和初期の青年学生を対象として実施された調査結果を用いて,当時の高等教育機関在学者の読書傾向を検証したこの試みにおいても,都市化の結果として首都東京に出現した一般大衆による読書行為が実践された昭和初期の読書空間を確認した。またそれは,楽しみのための読書は,都市在住の青年たちにおいても例外ではなく享受されていた可能性を示唆するものとなった。