《ワークショップ》出版史史料と図書館資料をつなぐための方法論(2016年12月 秋季研究発表会)

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《ワークショップ》出版史史料と図書館資料をつなぐための方法論


 司会者:  中村 健(大阪市立大学)
 問題提起者:長尾宗典(国立国会図書館)
 討論者:  磯部 敦(奈良女子大学)、鈴木広光(奈良女子大学)


1.開催までの流れ

 「出版史料」情報の把握と共有について、2015年秋季研究発表会シンポジウム「ハブとしての出版学会」および2016年春季研究発表会WS「出版史料のデータベース/アーカイブを考える」で議論され、1)どういうものが出版史料として存在しているのか、2)出版史料の所在情報をどのように集約するのか、という二つの論点が浮き彫りとなった。
 その議論をふまえ、今回のWSでは最大の史資料の所蔵・保存の運営主体である図書館に焦点をあてることにした。運用者である司書と利用者である研究者が、その立場から論点を出し合うことで出版史研究における図書館所蔵資料の運用・保存・書誌情報等に関する問題点を提示し、史料情報共有のありかたについて議論した。

2.問題提起と討論者の発言要旨

問題提起者:長尾宗典(国立国会図書館)
 帝国図書館における資料収集の実態を見ることで、出版史料の管理と運用の乖離が見えるのではないか。そこで、帝国図書館における明治期の出版物の残存状況に焦点をあて、明治39(1906)年の「内務省納本済図書月報」(吉川弘文館『高潮』掲載(同年1月~6月)約1000点)に掲載された出版物が、どの程度、内務省から帝国図書館に交付され、現在、国立国会図書館に継承されているかを調べた。その結果、5割程度という見通しとなり、文芸作品や教科書類の残存率が低かった。明治以降、一般的に流通した本はすべて国立国会図書館に所蔵されているというイメージが強いが、少なくとも明治期の出版研究にあたっては、全国書誌が不在なために、全体像の把握が難しく、いくつかの所蔵館を組み合わせた調査が必要となる。また、出版史研究に堪えうる書誌を作成するために、個別資料のレベルでの異刷の把握も重要となってくる。

討論者:磯部 敦(奈良女子大学)
 出版物や営業文書のみならず、図書館所蔵資料には出版史料としての可能性が秘められているものが多い。その一例として図書原簿がある。原簿は図書館にとっては所蔵資料の受入記録を記した会計資料であるが、同時に書物の移動(購入/寄贈/納本→排架→貸出、処分)という出版流通の一相を記した出版史資料でもある。「購入書店名」「分類」をひもづければ、流通ネットワークが描ける。奈良女子高等師範学校の明治42(1909)年5月から翌年3月までの受入れ図書511点を分析したところ、同校周辺の木原近蔵、豊住繁松などの書店からの購入が多く、奈良県出版史との関わりで書籍環境を考察することが可能になる。
 原簿のほか、和装本見返し裏の反故紙として用いられている請求書や規約書、紙型痕や折丁、公文書や私文書など多種多様な出版史料が図書館に所蔵されている。そのためには、それらが「出版史料」となりうることを可視化するための情報提供・共有のありかたが課題となってくる。

討論者:鈴木広光(奈良女子大学)
 インターネット上で公開されている複数の図書館・資料館による近代出版物のデジタル画像コレクションの書誌記述項目を比較検討することによって、画像データと組み合わせた際の、個々の出版物の同定および異版関係の記述に有効な観点と記述方法の提案を行った。具体的には、明治19年(1886)5月の博文堂による初版以来、無版権のため約半年の間に二十以上の翻刻異版が刊行された末広鉄腸『二十三年未来記』を例に国立国会図書館NDL-OPACと国文学研究資料館近代書誌・近代画像データベースの各書誌を比較し、記述項目における「補記」の有効牲について、以下の二点を提案した。
 まず、国文研のように「補記」に奥付の届出日、出版人、発兌人、売捌などを詳細に記述しておけば、これを出版流通史料としては活用できる。これらを新しい書誌項目として独立させる必要はなく、「補記」の記載事項を検索できるようにすれば良い。第二に、分析書誌学の観点から書物同定を行う場際に有効な書誌記述について。これも書誌項目として独立させる必要はなく、「補記」とデジタル画像を併用し、「補記」には同定に必要な弁別特徴を簡潔に記し、詳細を画像データで確認するというプロセスを提示した。

3.主な議論

・全国書誌の不在と明治期の出版史料の残存率を踏まえると、研究者間の所蔵機関情報の共有が急がれる。
・会計資料である原簿を史料として保存するためには、図書館よりも公文書館や博物館がふさわしいのではないか。このプロセスに持ち込むには、研究者による史料価値の証明と展示などによる周知が欠かせない。
・鈴木氏が示した提案に対しては概ね賛同の方向であった。大学図書館で参照する「和漢古書に関する取扱い及び解説」にも言及があり、明治期の資料でも和漢古書同様の扱いと出版者の記録が大切だという意見があった。

 鈴木氏の分析書誌学に対する図書館学からの返答という構図や、研究者と実務者との共有する観点が明らかとなり「ハブとしての出版学会」としての議論を示すことができた。