「戦前週刊誌の連載小説の変遷:『サンデー毎日』の編集機能」中村 健 (2015年12月 秋季研究発表会)

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戦前週刊誌の連載小説の変遷:『サンデー毎日』の編集機能


中村 健
(大阪市立大学学術情報総合センター)


1.先行研究と本稿の研究手法
 近年,『サンデー毎日』(以後,同誌)の研究は充実し,副田賢二や原卓史といった国文学研究者によりコンテンツ(作品)の掲載方法とその消費(≒ヨミ)に重点を置いた考察がされている。それを受け,新聞連載と出版社の雑誌連載では情報の流通に相違があったことを前提に,『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』(以後,大毎・東日)の新聞購読圏と「新聞社出版」という枠組みを用い,連載小説の区分および誌面分析,挿絵の画像分析を用いて編集機能を考察する。子母沢寛「弥太郎笠」と大仏次郎「夕焼富士」を考察事例とする。

2.大毎・東日システム
 本発表では便宜上,大毎・東日を核とした新聞・出版事業を「大毎システム」と呼ぶ。この新聞・出版事業は,新聞を中核として情報の用途に応じて年刊,週刊,月刊,日刊など刊行頻度を変えて出版する定期刊行物の発行を主としたコンテンツ配信で,映画・舞台・単行本という他メディアでの配信は自社で行わずに二次利用等における収益として運用している。システム内で,同誌は,新聞の下位に位置する。

3.連載区分
・試行錯誤期=創刊(1922)~創刊7周年(1928)ごろまで,読者層:大人から子供(=家庭)
・基盤整備期=創刊7周年(1928)から~城戸事件(1933)ごろまで,読者層:大人
・発展期=1933年から1940年まで,読者層:大人(内地から戦地まで拡大)

4.大仏次郎「夕焼富士」(挿絵:岩田専太郎,連載期間1939年6月4日号~12月31日号,31回)の分析
 購読者層拡大時の連載小説として理解できる。『大毎』1939年5月25日付11面の自社広告から,白井喬二「地球に花あり」が「皇軍慰問」の文脈にあった特別な作品であったことがわかり,平均回数(12回)をはるかに超える連載回数となったといえる。白井喬二「地球に花あり」の最終回(同誌1939年11月26日号)に掲載された読者の声,8名の属性(白井喬二ファン,「文学建設」同人,文学の門外漢,文学関係者2名,「雄弁」編集部,台湾の読者,戦場の読者,挿絵の田村氏のファン)が,編集部が想定する読者像と考えられ,この2作は,読者層の拡大を目的に人気作家の連載小説を掲載するという新聞社出版の伝統的な編集戦略にのった作品と位置づけられる。

5.子母沢寛「弥太郎笠」(挿絵:小田富弥,連載期間1931年8月9日~10月11日号,10回)の分析
 まず連載にあたっての逸話から,子母沢は人的リソースに恵まれた環境下での執筆体制であったと理解できる。掲載時のメッセージ(予告,あらすじ(9回目,最終回の一つ前で全体のあらすじを説明しているため),挿絵と見出し)と映画評,書籍広告を時系列に比較すると,作家名は背景化していき,作品が映画という媒体の文脈に沿って前面化していく。「弥太郎笠」は大毎システムでは,「やくざ物」として長谷川伸に続く新しい股旅物として発信されたが,映画では稲垣浩監督・片岡千恵蔵主演の股旅映画の文脈で長谷川伸に続く作品として解釈された。答えは同じだが,コンテンツの消費・解釈が媒体によって異なる。また,二次利用であるが,映画化は作品の長さを関係なくできるが,連載10回程度では単行本化しにくいため,映画化が先行する。
 大毎システム内での情報流通を見ると,作品名より作家名の流通と,同誌連載より新聞連載のほうが権威化が顕著である。子母沢はもう一度連載するが,その時は「子母沢寛」を新聞連載(「国定忠治」)の成功者として,同誌に登場させており,新聞本紙と同誌の関係性が反映している。

6.まとめと課題
 連載小説は,同誌において,一貫して購読者拡大のための重要なコンテンツだった。「弥太郎笠」で見たように,出版部門を持たず映画化になる作品を積極的に連載したことは,一面,作品に大きな価値を置かないシステムだといえよう。メディア分析としては以下のような特徴が指摘できるだろう。
 同誌はフォーマットの問題から連載の長期化や連作長編ができない問題を抱えていた。一方,挿絵や小見出しは効果的に使える誌面であることから,映画や舞台と同じような効果を出すことができる。ビジュアルの効果や連載回数から,出版より映画化や舞台などの翻案が盛んに行われた。しかし,分析でみたように「弥太郎笠」のような成功作品でも大毎システム外では,作家名は背景化し,翻案されたメディアの文脈で作品は消費され,作家名は残らない。一方,同システムにおいては,作品より作家名が重要視され,同誌の連載小説は配信を主目的とするため,「作品」として残る力が弱い構造にあった。