国立国会図書館蔵「特500」資料群に関する基礎的研究  牧 義之 (2011年11月 秋季研究発表会)

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国立国会図書館蔵「特500」資料群に関する基礎的研究


牧 義之
(名古屋大学大学院生・日本学術振興会特別研究員-DC1)


 本発表で考察した国立国会図書館蔵「特500」資料群は,戦前に内務省に納本後,昭和12年以降に旧帝国図書館へ移管された刊行物で,多くは検閲のための〈副本〉であり,発禁処分に付されたものである。内務省に保管されていた〈正本〉は戦後,占領軍によって接収されたが,後に日本へ返還され,接収は受けずに現国立国会図書館に保管されていた〈副本〉とともに,それぞれ「特501」,「特500」と整理番号が付された。この2種類の資料群は,いずれも戦前期の出版警察に関する研究の第一級資料と位置づけられる。本発表では,「特500」資料群に関する基礎的な考察とともに,発表者が目下取り組んでいる「特500」調査の途中経過報告を行なった。
 内務省に納本された刊行物の内,出版法によって刊行される図書については,納本された2部の内,1部を検閲のための〈正本〉,1部を〈副本〉として管理し,検閲を経て問題ないとされたものに関しては,〈副本〉を旧帝国図書館へ交付していた。これは「内務省交付本」と称され,帝国図書館収蔵の国内新刊蔵書の根幹をなし,一般の利用に供された。一方,問題ありとされ,発禁処分を受けた図書については,〈正本〉〈副本〉ともに内務省警保局図書課内の書庫で管理され,帝国図書館へは交付されず,一般の利用に供されることもなかった。しかし,関東大震災により内務省が保管していた発禁本の正副双方を焼失したので,帝国図書館長と内務省警保局長との交渉により,昭和12年から発禁〈副本〉の移管が決定された。これ以前には,発行以前に処分が下されたものは当然交付せず,発行後に処分がなされたものについては内務省に返戻されていたが,昭和12年以降は,「移管」という形で,それ以前に処分が下されたもので内務省に保管されているものも含めて,順次帝国図書館に移された。
 戦後,整理が行われた「特500」資料群は,一般的には,禁止〈副本〉であるという認識があるが,実態は単純に判別できるものではなく,かなり複雑である。『国立国会図書館所蔵発禁図書目録』には2,186点の発禁本が挙げられているが,この内「特501」は940件,「特500」は935件確認出来る。しかしNDL-OPAC上のデータでは,それぞれ945件,958件と,若干の差が生じている。目録の刊行後に一般書架から発禁本12点が追加されているが,それ以外にも「特500」資料が後にデータ上に追加されていると考えられる。
 また,「特500」に分類された図書であっても,それが検閲〈副本〉であるとは限らず,一部に〈正本〉が含まれていることが分かった。例えば黒島伝治の小説『武装せる市街』(昭和5,日本評論社)は,発禁目録を見ると「特501-504」と「特500-105」の2冊が所蔵されている。これは一見,正副のペアに見えるが,実はそうではなく,前者は改訂版(発禁)の〈副本〉,後者は初版の〈正本〉である。前者には特に書込み等は無いが,後者には本文に検閲官による書込みが見受けられる。
 本来は内務省で保管され,帝国図書館には移管されないはずの〈正本〉が,どのような理由で移管され,帝国図書館に入ったのだろうか。「特500」資料群の内,現在までに約400冊について調査を終えたが,この中で図書に捺された移管印によってその日付が判明した。これまで年ごとの移管数のみしか明らかにされて来なかったが,実物を調査すると,移管印には日付があるので,いつ・どのくらい移管されたかの実態を把握することが可能である。昭和12年では安寧が「6月17日」,「6月22日」,「7月15日」,風俗では「9月15日」が見受けられた。いずれも100冊以上の単位であるので,まとまった数が分散して移管されたことが分かる。その量から推察して,日付を定めた上,トラックで輸送していたのだろう。
 さらに,「特500」以前の整理番号として,移管時に付与された「禁安」「禁風」があり,ここからも移管の経緯を推察することが出来るが,「禁安」を先にして,「禁風」とは日を分けて移管していたことが分かった。また,「禁安」「禁風」以前の,内務省警保局における整理記号である「安-○」,「風-○」から,内務省内における整理の実態について考えることも可能である。前後する番号を見ると,書き込みの筆跡が同じであるケースが見受けられるので,検閲業務の実態解明への手掛かりともなるであろう。
 今後の調査によって,「特500」資料群の解明とともに,戦前期検閲の実態についても明らかになる点が多いと思われる。なお,予稿集に「国会図書館内の端末で見られる資料は,マイクロフィッシュで所蔵があっても,その複製は不可になった」と記したが,これはマイクロフィッシュからマイクロフィッシュへの複製が不可になったことを指し,普通紙への複写は可能である。