文庫本ブームとしてのライトノベルブーム  高島健一郎 (2008年11月 秋季研究発表会)

■ 文庫本ブームとしてのライトノベルブーム
  ――角川系レーベルの刊行点数を視座にして (2008年秋季研究発表会)


   高島健一郎

 本発表は,同時代的な文化研究を行おうという意図の下,東京近郊の若手研究者を中心に活動してきたライトノベル研究会での成果を踏まえたものである。
 2000年代初頭の文化史的なトピックスの1つである「ライトノベルブーム」は,オタク産業・オタク文化的な側面で研究・検証されてきてはいるが,出版そのものとしての議論はなされてきてはいない。そこで,このブームを一種の文庫本ブームとして扱い,そのシェアの七割をも占めると言われている角川グループホールディングス傘下の出版レーベルに絞って,その刊行点数の調査,その刊行状況から推測されるブームの有り様について考察を行った。
 調査の対象としたのは,「角川スニーカー文庫」(角川書店),「富士見ファンタジア文庫」(富士見書房),「電撃文庫」(メディアワークス→現アスキー・メディアワークス),「ファミ通文庫」(アスキー→エンターブレイン)の4レーベル。そして,「角川スニーカー文庫」・「富士見ファンタジア文庫」が創刊された1988年から2007年までの20年間について,その刊行点数を調査した。
 その結果として見えてきたものを大雑把にまとめれば,「電撃文庫」と「角川スニーカー文庫」が,その方向性は全く逆だが,それ故に際立った存在であった。
 ここ数年では年間100,さらには1ヶ月10本以上の新刊タイトルを送り出す「電撃文庫」は,まさに突出した量を誇っている。当然ながら,その量を支えるために登用した作家の人数も多い。大量生産・大量販売を体現する形での個性化を達成していると見てよいだろう。
 それと対照的なのが「角川スニーカー文庫」で,2000年のブーム以降は,4レーベルの中で最小の刊行点数となっている。逆に,刊行点数が少ないのに反して,登用されている作家の数は「電撃文庫」と対等か,それを上回るものがある。
 このことから,幾つかの有名作品を軸にしながら,かつ作家のヴァリエーションで硬直さを免れるという個性化を果たしていると考えられる。
 一方,過去の文庫本ブームとして,1970年代のいわゆる「第三次文庫本ブーム」の刊行点数と比較すると,今回扱った4レーベルの刊行点数は,文庫本として見た場合には,必ずしも多いものではない。質疑の中で述べたが,現在のライトノベルが生きている作家に限られている現状において,古典作品も刊行する一般の文庫本とは異質なものであることが,その要因と思われる。
 また,ライトノベルが絶版を含めたその短命さが際立っている例として,「電撃文庫」の絶版増加率について,最後に述べた。ただ,この点は質疑の中で指摘された通り,書籍販売全体の中での考察が必要な点であり,ライトノベルに固有の特徴と言えるか断定は出来ない。さらに,「ライトノベルブーム」がブームであることを考察する上では,アニメ化を含めたメディアミックスの中での検証が必要であるため,多角的な視点からの考察と同時に,出版の側面でさらに何が検証しうるのか考えていく必要がある。


(初出誌:『出版学会・会報123号』2009年1月) 

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