シンポジウム「出版のパラダイム転換と歴史へのまなざし――出版研究の新たな展開に向けて」(2015年12月5日)

《シンポジウム》
出版のパラダイム転換と歴史へのまなざし――出版研究の新たな展開に向けて

問題提起者  柴野京子(上智大学)
討論者    磯部 敦(奈良女子大学)
進行     中村 健(大阪市立大学)

 本学会における出版史研究のひとつの到達点『日本出版史料』10巻(日本エディタースクール,1995-2005)から10年。出版メディアを研究対象とする学問領域が広がり,出版史資料が次々とデジタル公開されるなど研究環境が大きく変わった。設立50年(2019年)をみすえ,本学会は,どのように出版研究のハブとして存立し,研究課題を設定するか問われている。柴野会員,磯部会員からの「近代出版史研究の動向」「研究環境の整備と変化」の二点の話題提供により,示された論点を軸にフロアと議論した。学会の方向性として資料情報の共有化,「議論の空間」や「共同研究」の創出を進めることが見えてきた。

○話題提供

【近代出版史研究の動向】
・柴野京子
 出版学会では,藤實久美子「1990年代以降の書籍文化史研究(近世)」,甘露純規「近代出版史研究の動向(1994年‐2004年)」,座談会「出版史研究の現状と課題」(『日本出版史料』第10巻,2005),掛野剛史「00年代の近代出版史研究」(『出版研究』第43号,2012),などでレビューをしてきた。近年,各研究領域でも「出版」を使った研究が盛んである。たとえば,改造社関係資料の研究,思想史研究としての雑誌,大衆文化研究,マンガ研究など,アクチュアリティのある歴史研究が現れてきている。一方課題として,参照資料や研究年代の集中(1930年代-円本期,1940年代-戦時期),近世研究と近代研究の分離,戦後出版史研究の未開拓,雑誌研究の方法,ポスト『日本出版史料』をどう考えるかがある。

・磯部 敦
 近世文学研究においては同時代言説の蓄積もあり,早くから書籍そのものが方法として認知されてきた。直近の成果は,2014年創刊の『書物学』(勉誠出版),2015年刊行のシリーズ〈本の文化史〉(平凡社)に見ることができる。近代文学研究は隣接諸科学の方法論を積極的に援用してきたが,『日本近代文学』89号(2015)等の特集「方法論の現在」に見られるように,それに対する批判的検証がなされはじめている。

【研究環境の整備と変化】
・柴野京子
 「出版史」の資料は「どのようにして」そこにあるのかを解読するリテラシー(佐藤健二『歴史社会学の作法』岩波書店,2001)と同時に,どのように集め,蓄積し,共有するかが課題となる。地方や出版社,書店の一次史料の発掘や調査を行っていくべきであるし,国立国会図書館の布川文庫(和図書約12,100冊,洋図書約600冊,逐次刊行物約1,700タイトル)をはじめ,出版関係資料のネットワーク化,データベース化と活用が重要である。

・磯部 敦
 稲岡勝「金港堂「社史」の方法について」(『出版研究』12,1982)の指摘が,現状どれほどおこなわれているのか。これをもっと真摯に受けとめる必要がある。また,公文書をはじめとする文書類「発掘」のほか,鈴木俊幸「葉書という社会資本,あるいは書籍流通史料としての葉書」(『書物・出版と社会変容』11,2011)が示すように,これまで看過されてきた史料群の「再検証」も必要である。そしてそれらを保存・公開するにあたっては,テキストとモノそれぞれの保存・公開を議論する必要がある。

○「出版研究のハブとしての日本出版学会へ」フロアを交えた討議

【研究環境の変化について】
・デジタル化により資料へのアクセス度はあがったが,デジタルでは捉えきれない紙の質感や消去痕の研究ができなくなっている。
・一次資料の発掘は非常に重要で,散逸する前に地方資料や産業資料の発掘は欠かせない。特に産業資料は資料自体の発見が課題。出版社系資料のネットワーク化が必要である。
・活字などモノは残せるが,それを扱う人・技術は残せない以上,モノのある環境も射程に入れながら議論する必要がある。
・出版社資料室の資料がデジタル化やデータベース化が十分でない状況がある。
・サブカル,特にマンガ雑誌の保存や,好事家のコレクションと研究者のつながりをどのように作り,研究資料としてむすびつけていくことができるか。

【出版史研究について】
・出版物を歴史的にみるというリテラシーは難しく,その涵養を図ることが大切。
・戦後出版史研究は1970年頃まではもう歴史になりつつある。当時の現役がどんどん鬼籍にはいられており,今,取材が必要な時期に来ている。
・論考は豊かになっているが研究対象が拡散している。これは方法論の浸透の結果とも言えるが,グループ研究など特定の領域単位のものが多く,『日本出版史料』のような網羅的な研究交流の場がない。
・近世/近代の連続と断絶が問題化されて久しいが,日本出版学会として議論するならば,どの位相で議論するのか検討が必要。

【日本出版学会の今後の活動に対して】
・学会のWEB等の対応について
 『出版研究』『日本出版学会会報』など学会出版物デジタル公開,ウェブサイト上に「議論の空間(公開市場)」の開設,出版関連文献・資料・所在情報のデータベース化
・学会として共同研究の推進
 主催・共催・後援による共同研究プロジェクトの立ち上げ,学会として科研費の申請会員の研究テーマの公開による他学会との連携研究の強化
・出版関係資料の所在情報の学会としての共有・活用策を検討する。
 布川文庫(国立国会図書館)など
(文責:中村 健)