シンポジウム「デジタル時代の書店のビジョン――フューチャー・ブックストア・フォーラム報告書から」 (2012年5月19日)

デジタル時代の書店のビジョン
――フューチャー・ブックストア・フォーラム報告書から

日本出版学会は2012年5月19日に大正大学巣鴨校舎で,「2012年度 総会・春季研究発表会」を開き,特別シンポジウムとして「デジタル時代の書店のビジョン――フューチャー・ブックストア・フォーラム報告書から」を開催した。

以下,パネラー各氏(いずれも会員)の「発言骨子」と併せ,当日の概要をご紹介する。

パネリスト
植村八潮(専修大学文学部教授,出版デジタル機構)
中町英樹(日本書籍出版協会)
梶原治樹(扶桑社)
コーディネーター
星野 渉(文化通信社)


フューチャー・ブックストア・フォーラムとは何か

植村八潮

デジタル・ネットワーク化の進展に伴い,デジタルコンテンツの流通機会が増大している。特に書籍については,米国発の電子書籍端末が急速に普及するなど,書籍をめぐる環境変化への対応が急務の課題となっている。このため平成22年3月から総務省,文部科学省,経済産業省は「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」を共同開催した。この報告書においては,電子出版の流通の進展に向けて,知の拡大再生産の実現,オープン型電子出版環境の実現,知のインフラへのアクセス環境の整備,利用者の安心・安全の確保に向けたアクションプランが示されている。
経済産業省は,この報告書を受けて4つの事業からなる「書籍等デジタル化推進事業」を公募した。その一つである「電子出版と紙の出版物のシナジーによる書店活性化事業」は,出版物等のデジタルコンテンツの利用機会の拡大,収益構造の確保等を図り,書店の活性化を実現することを目的として,書店を通じた電子出版と紙の出版物のシナジー効果の発揮に関する検討及び実証実験を行うことを目的としている。
「フューチャー・ブックストア・フォーラム」は,一般社団法人日本出版インフラセンターが,この委託を受けて取り組んだ事業全体の検討委員会である。委員として筆者以外に,木下修理事,オブザーバーとして日本出版学会を代表して川井良介会長,星野渉理事,ワーキングメンバーに中町英樹理事が参加し,当初から学会の寄与が期待されたフォーラムとなった。
フォーラムでは,事業の目標をもとに,「ICT利活用ハイブリッド型書店の実現」,「地域におけるコミュニケーションセンタとしての書店の役割の強化」,「ビジネスモデルの創出に向けた新業態の開発」という3つの検討方針を立てた。この方針に基づき検討項目をさらに細分化し,さらに具体的な検討を行うために5つのWG(ワーキンググループ)を設置し,検討を行った。
1)調査WG
(1)消費者意向調査,(2)海外調査,(3)他業種調査の3つの調査を実施し,本事業における各種実証実験及び研究に資することを目的とした。
2)ICT利活用ハイブリッド型書店研究WG
実証システムを用い,(1)店頭試し読みサービス,(2)近刊情報提供サービス,(3)オンデマンド印刷サービス,(4)ブックレビューサービスの4つの実証実験を行い,ICT利活用によるハイブリッド型書店実現の可能性を検討する。
3)書店注文環境整備研究WG
書店からの出版物の注文を効率的かつ迅速に行うことのできる環境整備について,現状の課題及び改善事項について書店及び出版社へのアンケートを行い,書店注文環境の改善検討を行う。
4)書店ビジョン研究WG
次世代のあるべき書店ビジョンについて,地域書店も含めた書店関係者等でWGを設置し,現状の書店の課題の抽出を行い,書店を活性化するためには今後の書店はどうあるべきか検討する。
5)新業態研究WG
書店のみならず,出版業界全体の業態に関して,ICT技術を利用した新たな顧客管理の仕組みの検討及びディストリビューターの新ビジネス創出の可能性の検討等を行い,多様なビジネスモデルについての研究を行う。

新業態ワーキンググループ

中町英樹

1996年をピークに取次・書店ルートの販売金額は下がり続けている。これは現在の出版流通システムが再販制度と委託販売制度,固定マージン制度に基づいて運営され,書店での売上を拡大し,その収益を各流通段階に分配することによって成り立つモデルのため,市場縮小を前提とはしていないことに起因する。新業態ワーキンググループでは,外部の環境の変化を踏まえて「独立系の自助努力を続ける書店」を念頭に,「小売業として自立し,独立採算により持続成長していく」経営が成り立つための「業態化」をテーマに議論を続けた。最初に現状での書店のSWOT分析を試み,機会,脅威,強み,弱みを確認した。中でも書店の強みである「場」の持つ見えざる資産を再認識し,そこで生まれる価値の再点検と再創造の重要性に着目した。その結果「地域における認知度」「リピーター客の存在」「読者と書籍の出会いの場」などが浮き彫りになった。それらの強みを,書店を取り巻く環境の変化,読者のニーズに適合させ,(1)「地域コミュニティ型」(2)「顧客創造・需要創造型」(3)「ライフスタイル・デザイン型」(4)「地域密着サービス融合型」(5)「空間・時間消費型」の5つの業態化モデル店を提示した。
その一方でこれら業態化された書店を目指すためには,市場縮小期に合わせた合理的な出版流通インフラの構築が急がれ,解決課題として本ワーキンググループでは(1)ポイントカードの導入(2)買切制・書店マージンの拡大(3)時限再販・部分再販の導入(4)リメインダールートの構築(5)取次の新たな役割,の5項目を設定した。ポイントカードの導入は,顧客への割引サービスととらえるのではなく,顧客管理の有効なツールとして活用すべきである点,書店マージンの拡大のためには買切制度の導入は避けて通れない課題とした。また時限再販・部分再販の積極的な活用のほか,諸外国に見られるようなリメインダールートの構築によって,読者への価格意識に対応する流通政策の変革も促した。客注の迅速化,オンライン書店との間での競争力向上を図る点から取次会社が自社流通倉庫に抱える在庫を各社間で融通し合い,地域の読者に迅速に届ける「仲間卸」的な仕組みの提案もしている。さらに書店自身の問題点として,取り巻く環境の変化に対応しきれない経営者をはじめ書店側での人材育成を喫緊の課題とし,そのための環境整備と資金の捻出を業態化によって生み出すことを提言している。

書店ビジョンワーキンググループ

梶原治樹

書店ビジョンワーキンググループでは,次世代の書店経営を実現するためのビジョンを構築するために,書店経営者を中心としたメンバーで1年間にわたる議論の場を設けた。
書店は多様な情報・知識と読者を結びつける場として,あるいは地域文化・コミュニティーの担い手として,誰でも気軽に立ち寄ることができる空間という魅力を持ち続けている。しかしその一方,Webメディアの登場や市場の変化などによって出版販売市場は縮小の一途をたどり,書店経営は従来通りのやり方が通用しなくなってきた。出版流通における大きな特徴の一つである委託販売制度は,市場拡大期には有効に機能したものの,現在では利益率の低さや,商品仕入れに主体性を持つことができない点などの弊害が目立ち,それが書店の経営改善を阻む大きな要因になっている。
書店が今後リアルな情報提供空間としての魅力を顧客に提示し続けるためには,今までの取引慣行を見直し,「書店自らが主体的に商品を仕入れて売る」買切体制へ移行をしていくことが必須である,というのが本WGの掲げる大きな方針となった。
買切体制への移行に当たっては,書店が自ら豊富な商品知識,調達力,条件交渉,顧客のニーズの把握といった能力を十分に持つことが必要となる。また,直取引と取次会社とを相互に活用した多様な取引条件,部分再販や時限再販といった価格戦略などを設定することで,より小売業としての魅力ある空間づくりを行っていくことが求められる。これにより,出版流通における川上・川中である出版社・取次会社も,事前情報提供の徹底や,多様な販売条件への対応など,小売の変化に応じた変革が行われるであろう。
さらには,古書やリメインダー,文具や雑貨などの利益率の高い新商材を新刊書籍と組み合わせて販売することにより,顧客のニーズにこたえる個性的な空間の演出につながることも期待される。また,今後成長が期待される電子書籍やPOD等のデジタルメディアに関しても,単なる脅威として受け取るのではなく,読者への商品提供機会の拡大策の一つとして,積極的に書店でも活用をしていくべきとされた。
一方でリアルの書店は,地域読者や企業などとの連携を図ることで,人と人とをつなぐコミュニティ形成の役割を持つことも期待されている。本を媒介にした町おこし的なイベントや朗読会などを通じた読者拡大活動,図書館と連携した読書普及活動など,各地域の実情,ニーズに合わせた行動が書店には求められる。そのためには,今まで以上に顧客との接点を増やすとともに,ポイントカード等を利用したCRMにより,顧客ニーズを掘り下げて把握していくことが必要とされるだろう。
また,次世代型書店のあるべき姿として,ICTの利活用は必須と言える。先に挙げたポイントカード等の利用を始め,店頭におけるサイネージを活用した立ち読みや事前情報の提供,電子書籍端末やデジタルコンテンツ,POD商品の販売,ソーシャルメディア等を利用した書店員と読者のコミュニティ作りなどを通じて,より書店の空間を魅力的なものにしていくことが重要である。それには,ICT利活用のためのプラットフォーム整備,出版社等からの質量ともに充実した情報提供,といったことが必要だ。
これらの一連の書店改革は,もちろん書店自らの努力と研鑽なしで行うことはできない。書店の変革をサポートするためには,書店経営者,マネージャー,マーチャンダイザー,現場の書店員すべてにおいて,理論と実践双方の面から教育・研修の機会と制度を設け,次世代型書店を構築するためのノウハウを学ぶ場が必要となってくるだろう。また,書店を志す若い世代に門戸を開くための支援制度や開業支援サービスといったものも今後求められる。これらは各社個々の取り組みだけでなく,出版社,取次会社等も含めた出版業界横断的な取り組みとして検討していくべきであろう。
この会議は,当初は参加者にも戸惑いが見えたものの,回を重ねて他グループの実証実験や調査結果などをもとに議論を重ねるうちに「書店自らが変わる姿勢を持たなければいけない」という意識に変わっていくのが目に見えてわかるプロジェクトであった。とかく「買切」とか「デジタル」などのキーワードが報告書から目立つように見えるが,最も重要なのは「書店自らが改革を志す」という姿勢であろう。

調査ワーキンググループ

星野 渉

調査ワーキンググループでは,海外調査としてドイツを訪問し,書店と出版産業の現状について調べた。
ドイツを選んだ理由は,書籍市場の規模が約1兆円,書店数が約5000店で,比較的中小規模の個人経営店が多く存在すること,書籍の定価販売を行っていることなど,日本の出版産業との類似点がみられることに加え,書籍の取引は買い取りで,優れた注文流通が存在するなどの理由からである。
日本とドイツの出版産業の大きな違いは,ドイツの出版産業がほぼ書籍のみを扱っている点であり,日本のような雑誌が書籍を支える内部補助の関係はない。次に書籍市場はここ数年,微増ないしは横這いで,日本のように急激な落ち込みはみられない。また,日本の取次のようなシステムは存在せず,書籍は買い取りを前提に取引され,出版社と書店が直接取引する比率が高い。
日本においても,出版流通を支えてきた雑誌の市場が急速に縮小していることから,今後は書籍の取引制度が買い切りなどの仕組みに移行することが想定されており,そのような視点からドイツの書籍産業を見ると,まず日本に比べて書店の在庫量の少なさに驚かされる。また,一方で書籍の価格は日本に比べて1.5~2倍程度と高額であり,単価が高く流通量が少ないという産業構造であることがわかった。
一方,書店においては,中小規模の店舗であっても日本の現状では考えられないほど多くの社員が存在する。訪問した75坪の書店は社員15人,しかも全員が書籍販売業の教育を受けた専門家である。こうした従業員の質が,書店の質を高めている。こうした投資を可能にしているのは,書籍価格の高さと,書店の販売マージンが直接取引なら定価の40%,取次(ホールセラー)経由でも35%と高率であるためだと考えられる。
また,夕方までの注文を翌朝までに配送するというドイツの取次も,マージンが15%(日本は8%)で,送料は書店が負担するなど,日本との差は物流機能の違いではなく,取引制度の違いに起因している。
これは,返品を前提にした配本システムによって30%以上の返品率が恒常化している日本では考えられない利益配分だといえる。ちなみにドイツの平均返品率は8%程度と言われている。
このように新刊の「配本」がないドイツでは,出版社が流通・営業にかけるコストが大きいこともわかった。訪問した社員36人の出版社では,書店営業が社内に10人,社外の契約者10人と20人体制であった。
日本における今後の書店のあり方を考える上で,ドイツの取引・流通システムは一つの方向性として参考になる。

質疑応答・討論

「だれがイニシアティブを取るのかということを抜きにした流通改善はない。買い切りに移行するのであれば,だれがトリガーとなるのか」。討論は植村会員のこうした問題提起でスタートした。
まずは中町会員が「1970年代より責任販売制は出版社を中心に盛んに言われていた。今回がこれまでとことなるのは大手取次である日販がトリガーを引いた」と回答。ただし,「買い切りを前提とするための事前情報が現時点では不足している。これでは過去の実情に即して同じ企画・著者に注文が集中するので,売れる本と売れない本の差が明確になる」と付け加えた。「買い切り中心のアメリカ,ドイツの書店は必ずしも売れる本に集中しているわけではないのではないか?」という星野氏の指摘に対し,「そうなるには事前情報と自社の顧客を把握することが前提となる。現在の委託販売制度における日本の書店は,顧客を知るという優先順位が低い」と付け加えた。
梶原委員は「書店に主体性がないことが問題。主体的に商品を仕入れて,売れ残った本を値引きしてまで売るという姿勢が求められる」と発言し,書店人教育の重要性を強調するとともに,これからしばらくの時間はトライアンドエラーが続くのではないかとした。
続いて会場からの発言。八木壮一会員が「価格」についてどのような議論があったのかを質問。公共図書館,新古書店,電子書籍と,いまや読者にとっては多様なアクセスがあるなかで,出版社がどのような値ごろ感を演出しながらコンテンツの価格政策を展開するのかということが,これからますます重要であるなどの意見が交わされた。
最後に吉川登会員は「地域のコミュニティの核であった独立系の小規模な書店がはたして買い切りで経営するだけの体力はあるのだろうか?」と質問した。星野会員は「委託で成り立つのであればそれでよいけれども,そもそも現在の委託制度でもうまく機能していない。本報告は独立系の書店にこそ買い切りが必要であるという立場を採っている」と述べた。
書店の魅力を最大限に活かすためには,委託制度から買い切り制度への移行が必要であるというのがレポートの趣旨の一つである。ただし現実にはそのことによる弊害も十分想定しうる。今後,さまざまな場で実態に即した議論が求められる。
(文責・橋元博樹)