「第16回国際出版フォーラム」に参加して 清水一彦(江戸川大学教授)

 ソウルの町で感じたこと

「第16回国際出版フォーラム」参加報告

 清水一彦(江戸川大学教授)

 慰安婦像が視線を投げかける日本大使館から一本表通りにでると、韓国人と在日韓国人と在韓日本人と在日日本人(?)のグループがにこやかに「仲良くしようぜ」と街頭デモンストレーションをしている。いっぽう、国際出版研究フォーラム会場脇の銀行前では労働争議に集まった人たちを100名はいそうな警官隊が警備している。傀儡韓国人社長では埒があかないから、在日韓国人のオーナーを出せということらしい。なかなか複雑だ。

 とはいえ、繁華街の明洞あたりにでかければ、最近は日本人がすくなくなって寂しいと、庶民レベルの雰囲気はマスコミの報道とはちょっとことなる。それにもまして、出版というテーマを共にする日本、韓国、中国の研究者は深い友好の絆でむすばれ、第16回国際出版研究フォーラムは、韓国プレスセンターとニュー国際ホテルを会場として、2014年10月24日から26日にかけて開催された。
 日本からは芝田会長をはじめとして植村副会長、山田国際交流委員長のほか、田北、樋口会員らが東京から、湯浅会員らが関西から、総勢15名が参加した。特筆すべきは、赤津、宮内の専修大学生が2名参加したことだ。日・韓・中あわせてのフォーラム出席者は、およそ50名だった。
 1984年に第一回が開催され、記念すべき30周年となる今回の主題は、「出版の変化と発展」。この主題のもと、6つのテーマについて各国から一人ずつ発表があった。内容については芝田、山田、植村、湯浅、田北、樋口、各発表者の文章を読んでいただくとして、ここではフォーラムの概要を報告する。
 24日は韓国プレスセンターで、国際出版研究フォーラム30年記念特別テーマである(1)出版学の国際交流と発展方向について、芝田、韓国出版学会名誉会長南、中国編輯学会長桂の発表があり、その後、贈り物の交換、そして歓迎のレセプションとなった。
 翌25日はニュー国際ホテルの会議室に場所を移して、昼食をはさみながら(2)本の進化と文化発展、(3)出版産業と国家発展、(4)ITと出版産業の変化と発展、(5)出版産業と著作権・国際交流、(6)出版と読書振興をテーマとして各セッションがおこなわれた。全体をとおして、文化産業としての出版と国家政策との関連が通奏低音であるとすれば、その上で現在的な問題認識としてデジタル化や読書率低下のメロディが奏でられたといえよう。
 発表に続いて活発な討論もあった。ただし、デジタル化の議論で顕著なように、各国間の比較検討ができるほどには、まだ十分な基礎データが確保されていない。将来的には各国間の共通調査研究も視野にいれられたらとの発言もなされた。
 フォーラム自体にたいする意見交換もあった。たとえば、フォーラムのウェブサイトをつくりこれまでの研究成果をアーカイブ化することや参加国および研究範囲の拡大など、未来志向の提案もなされた。芝田会長からは、各国間でまちまちなフォーラムの表記についての提案があり、今後日本では国際出版研究フォーラムに英文でIFPS(International Forum on Publishing Studies)と併記することが発表された。
 疲れた頭とカラダを癒やしたのは、主催国韓国の気配りと美意識がひしひしと感じられる韓国の伝統料理店での歓送晩餐だった。興が乗ると杯が回るのは伝統だが、下戸にたいする強要が皆無なのは、21世紀にはいってからのことらしい。

 酒宴文化の変容といえば、ちょっとおおげさか。若者が痛飲しなくなったという各国共通の話題もあり、出版もふくめ世の中のデジタル化と酒宴の様変わりはどこかで通底していると、筆者はかってに小理屈をこねている。
 さて、翌朝は「人は本をつくり、本は人をつくる」と刻まれた石碑が出迎える教保文庫光化門店を訪ねた。ワンフロアーでおよそ2700坪の大型かつ韓国を代表する書店だ。日本書も2万4千タイトルをそろえている。ただし、出版物と物販とは売り場面積比でおよそ5:1となっている。さらに、教保文庫は教保生命保険の高層ビルの地下1階にある。書籍と雑誌だけの販売でこれだけの店舗を維持するのは並大抵ではなく、マーケティングの工夫とさらには後ろ支えも必要なのかもしれない。
 昼食の前には景福宮を散策する。1395年に創建された朝鮮王朝の宮廷だ。そのわりには新しく見えるのは、16世紀の文禄の役で焼失しその後19世紀に再建されるも、20世紀にはいり朝鮮総督府によりそのほとんどが取り壊され、ようやく1990年から本格的な復元事業が推進されるようになったことによる。日本語で解説をしてくれるチマチョゴリ姿のガイドさんの声はあかるいが、おのずと日本での古寺巡礼とはめでる角度をかえざるをえない。
 韓国流のおもてなしは、最後まで手抜かりなく、昼食もまたすばらしくふたたび挨拶答礼に杯を重ねる様相をみせはじめるものの、はやフライトの時間もせまり、泣くなくデザートはあきらめて一路金浦空港をめざすことになった。 
 末筆になったが、蔡、王の両会員には出発前の準備から現地での調整、通訳まで多大なご苦労をおかけすることになった。お二人がいなければ、今回のフォーラムの成果はなかったといえる。感謝にたえない。